四旬節第二主日の説教 2025年、大宮

ソース: FSSPX Japan

キリストのご変容

四旬節第二主日の説教 2025年、大宮

2025年3月16日 ピーター・フォルティン神父

主のご変容と四旬節

教会は、ご変容という美しい神秘を提示しています。私たちの主は、ご自分の最も身近な使徒たちを連れてタボル山に行かれ、彼らの目の前でご変容になります。私たちの主は、御体から光が放たれるかのように、天主の栄光をお見せになります。使徒たちは、最初は恐れ、その後、イエズスによって安心させられます。使徒たちは、この天国の幻視を大いに喜びます。御父の声が聞こえ、私たちの主がモーゼとエリアに語りかけておられるのが見えます。その後、私たちの主は使徒たちに対して、主のご復活までは、この幻視について話してはならないと、指示されます。

教会は、この福音を四旬節の早い時期に配置することによって、いくつかの教訓を示します。第一に、私たちの主キリストの神性に対する確信を私たちに与えます。私たちの主は、さらにご自身の栄光をお見せになります。それは、本来の状態のイエズスです。私たちの主は、地上におられたときは常に、この栄光を見せることもおできになっただろうと思えます。もし主がそうなさっていれば、おそらく、贖いのわざの邪魔になっていたことでしょう。

天主は旧約において、ご要求によって山の上でご自身をモーゼに啓示されました。天主はモーゼに、私の栄光の一部をおまえに見せよう、それ以上見せたら、おまえは死ぬであろう、と言われました。その後、モーゼは山から下りて民の前に現れましたが、モーゼの顔は天主の栄光の光を放っていました。そのため、民はその瞬間からモーゼを直接見ることができなくなりました。民は使徒たちのように、恐れから顔を隠しました。そのため、モーゼが民に向かって語るときはいつも、顔に覆いをかけなければなりませんでした。

聞こえてくる神秘的な声は、まさに天主御父のものです。私たちの主は、御父のみ旨を成就させるために来られたのであり、御父は御子のことをお喜びになると、公に言われます。御父は、御子のご托身と宣教の神秘のすべてをお喜びになるだけでなく、贖い、ご受難、ご死去、ご復活のすべてをも、お喜びになります。私たちの主の犠牲は、御父を最もお喜ばせしています。聖なるミサ聖祭は、これら天主の神秘の再現であり、私たちの主の栄光は、ミサにおいては、ちょうどタボル山のときと同じように、パンとぶどう酒の外観の下に隠されているのです。

モーゼとエリアは、この二人は旧約に登場する偉大な人物です。モーゼは民に、私たちの主イエズス・キリストのご来臨の準備をさせる律法を授けました。エリアは、旧約の預言者の中で最も偉大な人物でした。二人とも私たちの主イエズス・キリストと同じように、40日40夜にわたる断食をしました。天主が二人の面倒を見られました。天主がそうされたのは、二人に偉大な使命の準備をさせるためでした。モーゼは、死ぬ前に、約束の地まで民を導くことになりました。その旅は40年続きました。多くの試練と苦難に悩まされました。預言者エリアも同様に、まことの天主への礼拝を守るという困難な任務を担いました。天主は常に二人とともにおられて、二人を通して多くの不思議なわざを行われました。私たちの主は、自ら聖なる断食をされますが、では、主の使命は何でしょうか。それは、ご受難、ご死去、そしてご復活です。すべての使命のうちで究極の使命です。

今はまだ、四旬節の初めです。教会は、信頼を持って霊的に進歩するよう、私たちを励ましています。モーゼ、エリアという旧約の二人の人物を通して、断食を終えたのちに偉大なことが起こるのではないかと期待され、そしてそれは本当に起こりました。同様に、私たちの一人一人全員にも、偉大なことが起こるのではと期待されています。天主が彼らとともにおられて、彼らを支えられたのですから、天主は私たちも支えてくださることでしょう。私たちが完全に天主に属するものであるという確信、天主が私たちの世話をしてくださるという確信、私たちが自分の救いだけでなく、他の人々の救いにおいてもなすべき大いなる役割を担っているという確信を持つために、私たちは天主を信じる者でなければなりません。