四旬節第二主日の説教―キリストのご変容―天主の栄光を垣間見る(2025年、沖縄)
キリストのご変容
四旬節第二主日の説教―キリストのご変容―天主の栄光を垣間見る(2025年、沖縄)
聖トマス・アクィナスによる説明(神学大全第3部第45質問)
2025年3月16日 ブノワ・ワリエ神父
「彼らの前でキリストの姿が変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」(マテオ17章2節)。
親愛なる兄弟の皆さま、
今日、私たちは、ご変容の神秘を思い巡らしています。キリストの人性の覆いが取り除かれ、タボル山でキリストの天主の栄光がペトロ、ヤコボ、ヨハネに啓示されたときのことです。この出来事は、単なる歴史上のエピソードではなく、キリストがどのようなお方であり、私たちがどのような者となるようキリストが呼びかけておられるのかという深遠な啓示なのです。聖トマス・アクィナスの知恵に目を向けて、この神秘についての理解を深めましょう。
1.ご変容の目的
キリストのご変容には、主に、次の三つの目的がありました。
―弟子たちの信仰を強めるためです。使徒たちは、もうすぐ、十字架というつまずきを目撃しようとしていました。キリストは、ご自分の栄光を啓示することによって、彼らの心を強め、ご自分の苦しみは敗北ではなく、勝利への道であると、彼らに確信させられました。
―キリストの神性を啓示するためです。キリストの顔と服の輝く光は、キリストの神性を垣間見せるものであり、キリストが本当に天主の御子であることを確認させるものでした。
―ご復活の栄光を予告するためです。ご変容は、キリストがご受難の後に完全に現される栄光を前もって見せるものであり、ご復活と、私たち自身の将来の栄光を約束するものでした。
私たちの人生においても、試練や十字架に直面します。ご変容は、苦しみという暗闇のかなたにキリストの栄光という光があることを、思い起させてくれます。ご変容は、この世の一時的な苦難ではなく、私たちを待つ永遠の栄光に目を向けるように呼びかけるものなのです。
2.ご変容の証人たち
キリストはなぜ、この奇跡の証人にペトロ、ヤコボ、ヨハネだけを選ばれたのでしょうか。聖トマスは、この3人の使徒が、それぞれ異なる方法で教会を表していたと説明しています。
―岩であるペトロは、教会の信仰を象徴しています。
―殉教した最初の使徒であるヤコボは、苦しみに直面している教会の希望を表しています。
―愛する弟子であるヨハネは、教会のキリストへの愛を体現しています。
信仰、希望、愛という、これら三つの徳は、すべてのキリスト信者にとって不可欠なものです。ご変容は、私たちがこの世でキリストの栄光を証しすることができるようにするために、私たち自身の生活においてこれらの徳を深めるよう、私たちを招いているのです。
3.モーゼとエリアがいること
キリストとともにモーゼとエリアが現れることは、深い意味を持っています。聖トマスは、モーゼは律法を、エリアは預言者を表していると指摘しています。彼らがいることは、旧約がキリストにおいて成就することを意味しています。キリストは律法を与えたお方であり、約束のメシアであり、聖書全体が指し示すお方なのです。
さらに、モーゼとエリアは、キリストの「出エジプト」(ルカ9章31節)、すなわち、来るべきキリストのご受難とご死去とご復活について、キリストと語っていました。このことは、ご変容の栄光が十字架と分かちがたいものであることを、私たちに思い起こさせます。キリストの栄光は単なる壮大な光景ではなく、犠牲の愛の実りなのです。
4.御父の声
雲の上から、御父の声がこう宣言しました。「これは私の愛する子、私の嘉する者である。これに聞け」(マテオ17章5節)。聖トマスは、この「これに聞け」という命令が、使徒たちだけでなく、私たちすべてに向けられたものであることを強調しています。キリストは、決定的な御父のみ言葉であり、天主の愛と真理の究極的な啓示です。キリストに聞くということは、キリストの教えに従うことであり、キリストの模範に倣うことであり、キリストの約束を信頼することなのです。
5.変容への呼びかけ
ご変容は、キリストの栄光に関するものであるだけでなく、私たち自身の変容に関するものでもあるのです。聖パウロは、こう思い起させます。「私たちはみな、覆いを顔に垂れず、主の栄光を…見て、栄光より栄光へと進み、主と同じ姿に変わる」(コリント後書3章18節)。キリストがご変容になったように、私たちも、変容するように、つまり、聖性において成長し、主の現存を輝かせ、さらに完全に天主の子となるように、呼びかけられているのです。
結論
親愛なる兄弟の皆さま、
ご変容は、私たちを十字架の神秘へと導きます。ご変容は、栄光への道は苦しみを伴う清めを通過することであり、私たちの試練は、キリストと一致すれば変容の手段となることを思い起こさせてくれます。ペトロ、ヤコボ、ヨハネのように、キリストを見つめ、キリストの声を聞き、キリストの光に私たちの人生を変容させてもらいましょう。
「御子の神秘を心にとどめて考え続け」、十字架のふもとに忠実にたたずんでおられた童貞聖マリアが、私たちのために、喜びある寛大さをもってキリストに倣う恩寵を獲得してくださいますように。アーメン。