シュナイダー司教:「なぜ聖ピオ十世会を公然と攻撃し、脅し、離教呼ばわりするのか?」
アスタナ教区の補佐司教であるアタナシウス・シュナイダー司教は、最近『ザ・レムナント』誌および『チェルタメン』誌のインタビューに応じた。その中で、同司教は司教団の同僚たちに聖ピオ十世会について再考するよう呼びかけ、来る7月1日に予定されている司教聖別を教会にとっての恵みと見なし、いつかルフェーブル大司教が列聖されることを望んでいることを隠さなかった。
シュナイダー司教は、2月24日付けの教皇への手紙では、ベネディクト十六世の「分裂が生じた危機的な時代に、教会指導者は、和解と一致を維持ないし回復するために十分なことをしなかった」という言葉を引用し、教皇レオ十四世に「聖ピオ十世会の司教聖別への使徒的委任(mandatum)を与え、大いなる父としての精神をもって、橋を架ける」ことをお願いした。それと同時に、もしもレオ十四世教皇が、この橋を架けず、不必要で苦痛を伴う分裂が起こることを許したとしたら、歴史に汚名を残すと警告もした。
今回のインタビューでは、聖伝のミサを愛好するような団体が聖ピオ十世会に対する攻撃をすることを、シュナイダー司教は極めて遺憾に思い、嘆いている。アリウス派の異端の時に、アリウス派という異端を攻撃する代わりに、正統信仰の擁護者が味方同士を攻撃していたことに例えている。もしも、聖ペトロ会や他の団体が、聖ピオ十世会を公然と攻撃し、脅し、離教呼ばわりするならば、歴史に汚名を残す危険を冒している、と警告している。
聖ピオ十世会との直接的な関わりによって形成された視点
2026年3月25日、ルフェーブル大司教の没後35周年に際し、ジャーナリストのマイケル・J・マット氏は、米メディア『ザ・レムナントTV』の番組で、アタナシウス・シュナイダー司教を迎えた。シュナイダー司教は、自身が聖ピオ十世会に対するバチカンの公式訪問者に任命された日から現在に至るまでの経緯について次のように説明した。
「10年以上前の2015年、教皇フランシスコは私と他の3人の司教に対し、聖ピオ十世会の複数の施設、特に神学校を訪問するよう要請しました。私は聖座から公式に委任された司教の一人でした。
そこで私は、複数の修道院で数日間彼らと共に生活し、上長や教授、神学生たちと対話することで、聖ピオ十世会の実情を直接知ることとなりました。そして、この任務に備えるため、私は数多くの文書を読みました。800ページを超える膨大な伝記に加え、ルフェーブル大司教が1947年に司教に就任してから亡くなるまでの間の文書や司牧的な著作です。
私は実際に数ヶ月を費やして、これらすべての文書を読み込みました。また、この任務を遂行する必要があったため、聖座の公文書館にある他の文書にもアクセスすることができました。こうして私は様々な手段を通じて、この問題について、かなり深い理解を得ることができたと考えています。
それ以来、私は聖ピオ十世会のいくつかの修道院、修道院長、司祭、さらには信徒の家族とも定期的に連絡を取り合っています。そして、目の前で教会の危機が進行するにつれ、ルフェーブル大司教の事業――彼自身と聖ピオ十世会――こそが、この極めて混乱し困難な時代に天主の摂理が私たちに与えてくださった教会の事業であると、ますます確信するようになりました。」
1988年の叙階と2026年の叙階:教会への奉仕の連続性
1988年に教皇の委任なしにルフェーブル大司教によって行われた司教聖別の動機と意向を検討し、シュナイダー司教は、そこに、現在も教皇の委任なしに2026年7月1日に行われる予定の聖ピオ十世会による司教聖別との連続性を見出しています。
「ルフェーブル大司教が繰り返し述べたように、また聖ピオ十世会の指導者たちが今日なお繰り返し述べているように、彼らは自分たちのために成された事業とは考えておらず、聖なる教会、教会全体、さらには聖座そのものへの奉仕であると捉えています。
1988年にルフェーブル大司教が司教を叙階した際、彼はこう述べました。『私はこれを教皇たちのために行うのです。』 つまり、公会議に至るまで、教会、すなわちローマ教会と歴代の教皇たちが厳格に遵守するよう命じてきたすべてのものの完全性が保たれるためです。すなわち、信仰、典礼、司祭養成といった、まさに教会が何世紀にもわたって命じてきた通りのものです。
ルフェーブル大司教はこう語りました。『私たちは、教会が何世紀にもわたって求めてきたこと、命じてきたこと以外の何物も行っていません。それならば、まさに教会が何世紀にもわたって考慮し、さらには厳格に要求してきたことであり、聖人たちを生み出してきたものであるならば、どうして私たちが何か悪いことをしていると言えるのでしょうか?何世紀にもわたるこの司祭養成が、どうして突然有害であったり、間違っていたりし得るでしょうか?』と。
そして大司教はさらにこう言いました。『私たちは新しいものを導入したわけでは全くありません。ただ、教会が望んだことだけを行ったのです。』
目的は、この混乱の時代――それはあくまで一時的なものに過ぎない――を乗り越えて、これを伝え続けることでした。なぜなら、私たちは地獄の門が聖座に打ち勝つことはないと固く信じなければならないからです。現在の状況は、霊的あるいは比喩的に言えば、ある種の「アヴィニョンの流刑」のようなものです。教皇の教導権とペトロの座の透き通るような明快さは、曇らされています。典礼も同様です。そして、光であり岩であるべきローマそのものが、すべて曇らされているのです。
これは決して「教皇聖座空位説」を意味するものではありません。しかし、アヴィニョンに真の教皇たちがいたものの、彼らがローマにいなかったのと同様に、単に何かが覆い隠されているに過ぎないのです。ローマは70年間教皇が不在でした。象徴的には、今日でも同じことが言えます。聖座は、自然主義であり相対主義である新近代主義の影響によって、部分的に覆い隠されています。しかし、それは一時的なものに過ぎません。
聖座は再び、カトリック信仰と聖なる典礼のすべての明晰さ、すべての力、すべての活力を取り戻すでしょう。これらすべてが戻ってくるのです。そして、ルフェーブル大司教はこれに深く確信していました。
1988年の司教聖別の後でさえ、彼はこう言ってました。『おそらく、間もなくローマには再び、強固で聖伝的な教皇が現れるでしょう。その時、あなた方司教たちは教皇のもとへ行き、自らの司教職を差し出し、こう言うのです。≪教皇様、私たちの司教職をお受けください。私たちをお望みのままに扱ってください≫と。なぜなら、その時には、その任務が再び聖座と教皇ご自身によって担われることになるため、私たちの司教職はもはや必要とされなくなるからです。』
私は、同じ意向と精神のもと、今年、聖ピオ十世会も同様のことを行うだろうと思います。すなわち、この極めて暗い時代において、聖なる教会、ローマ、そして将来の教皇たちのために、これらの新しい司教たちを架け橋として捧げるのです。そして、いつか再び――繰り返しますが――100%聖伝的な教皇が現れたとき――なぜなら、それが教皇職の本質、すなわち100%聖伝的であることだからです――それは天主の定めた時に訪れるでしょう。いつかは分かりませんが、必ず訪れます。そのとき、7月に聖ピオ十世会で聖別された新しい司教たちもまた、その教皇のもとへ赴き、こう言うことでしょう。≪教皇様、私たちの司教職をお受けください。今やその任務はあなたが果たしておられます。私たちをお望みのままに扱ってください≫と。
これこそがルフェーブル大司教の姿勢であり、私は、聖ピオ十世会が公言し、総長であるパリアラーニ神父が教皇レオに書簡で述べた通り、今日においてもなお聖ピオ十世会の姿勢であると確信しています。このような姿勢は、決して離教的なものではありません。」
離教の非難に対する反論
シュナイダー司教は、聖ピオ十世会に対して繰り返し向けられる離教の非難に対し、聖ピオ十世会を擁護しようと努めました。
「したがって、私たちは離教に対する理解を正さなければなりません。過去数世紀にわたり、私たちは離教について極めて限定的な見方、完全に法的な見方をしてきました。また、従順についても限定的な見方をしてきました。私たちは、被造物である教皇への服従を絶対化さえしました。教皇は天主ではありません。
実のところ、率直に申し上げれば、聖伝主義派や保守派の多くの人々、さらには今日に至るまで一部の司教や枢機卿の心理の中には、教皇に対する一種の暗黙の神格化が存在しています。私は「暗黙の」と言います。本格的でも明示的でもありません。それゆえ、いかなる不従順も即座に『あなたは離教者だ』とレッテルを貼られてしまうのです。なぜなら、あなたは不従順したからです。
これは教会の偉大な聖伝とは無縁のものでした。教父たちとは全く無縁です。私は教父学を専門に研究した学者であり、そう断言できます。聖アタナシウスが教皇リベリウスに背いた際、教皇は彼を破門しましたが、その破門は当然ながら、法に従った形式的なものでした。しかし、私は、この破門は天主の御目には無効であったと考えています。ある程度の半アリウス主義的な曖昧さに加担していたリベリウス教皇が、どうして正統信仰の最大の擁護者を破門できたでしょうか。歴史の目から見れば、アタナシウスの破門は不当なものでした。そして私は、天主の御目には、それは無効であったと考えています。
だからこそ、現在の「聖ピオ十世会」とそれらの司教聖別に関する問題には、天主の摂理が働いていると私は考えます。天主はこれを許しておられるのです。なぜなら、私たちは一つの大きな家族であり、聖ピオ十世会も私たちの家族の一員だからです。聖ピオ十世会は教会の外にあるわけではありません。ご指摘の通り、聖ピオ十世会派は典礼の中で教皇の名を挙げ、また地元の司教の名も挙げています。聖ピオ十世会はローマから告解を聞く権限を授与されており、その権限は今も有効であり、取り消されてはいません。離教した共同体が、どうして告解に関する有効な権限を持つことができるでしょうか? それは一種の裁治権だからです。
教皇フランシスコは、司教や司祭に対し、彼らに教会法上、結婚式を司式する機会を与えるよう求めたほどです。そして、彼らは実際にそうすることができます。さらに、司祭による極めて重大な犯罪の事例において、私が訪問した際、フェレー司教から、ある事件が聖座に報告されたと伝えられたことがありました。そして聖座は、聖座の名において、フェレー司教を裁判官として任命し、教会法上の調査を行わせたのです。離教者がどうしてそのようなことができるでしょうか?
したがって、私たちは、離教とは何か、そして教会における服従とは何かについて、よりバランスの取れた見方を取り戻す必要があります。教皇へのあらゆる不従順が、自動的に離教を意味するわけではありません。また、教皇の意志に反して行われた司教聖別、つまりその場合は違法なものであっても、それ自体が邪悪な行為というわけではありません。
エクレシア・デイに由来する聖伝の共同体の代表者の中には、教皇の意志に反する不法な司教聖別は本質的に悪であると公に宣言した者もいます。しかしこれは全くの誤りです。教会の偉大な聖伝がそのようなことを教えたことは一度もありません。
例えば、ギリシャ・カトリック教会の天主の僕ヨシフ・スリピイ枢機卿(現在はその英雄的な聖徳が認められています)は、教皇パウロ六世がこれを許可しないことを承知の上で、教皇の意志に反してローマで三人の司教を密かに叙階しました。では、天主の僕ヨシフ・スリピイは本質的に悪を行い、自動的に破門されたと結論づけるべきでしょうか。決してそうではありません。
したがって、私たちは第一千年紀の教父たちが持っていた、バランスの取れた偉大なビジョンに立ち返らなければなりません。その結果として、聖ピオ十世会の意向は、繰り返し述べられている通り、明らかに離教的ではありません。聖ピオ十世会は、教会と教皇職への奉仕としてのみ行動しています。そして私は、この巨大な危機が過ぎ去った後、いつの日か教会が聖ピオ十世会に感謝する日が来ると信じています。」
教会の奉仕における聖ピオ十世会固有の自由
さらに踏み込んで、シュナイダー司教は、教会の奉仕として行われている、そして彼自身も支持する聖ピオ十世会の典礼をめぐる闘いに感謝し、聖ピオ十世会が持つ比類なき自由を強調しました。
「ルフェーブル大司教は、教会への愛ゆえに、教皇から停職処分を受ける代償を払ってでも、これを行うことを受け入れました。当時、50年前の1976年、こうした状況下で、聖座の高官がルフェーブル大司教にこう言いました。『我々の問題は、ミサにある』と。」
当時、まだ公会議の教義上の問題が主な議題ではありませんでした。むしろ、聖なるミサ、すなわち聖伝のミサが焦点となっていました。そして、この聖座の高官は、大司教にこう言いました。「もし、神学生や信徒たちの前で、たった一度だけでも公に『ノヴス・オルド(新しいミサ)』を執り行ってくださるなら、私たちの問題はすべて解決するでしょう。」
しかし、彼はそれを拒否した。「私の良心が許さない」と彼は言ったのです。なぜなら、そうすることは、曖昧な立場に足を踏み入れることだったからです。
彼は、ノヴス・オルドがミサ書の規則に従って執り行われるという条件の下では、有効であることを認めていました。しかし、たとえラテン語で、かつ典礼規定に従って執り行われたとしても、ノヴス・オルドそのものには極めて曖昧な要素が含まれています。特にオッフェルトリウムの祈りと第二奉献文は、聖なるミサの犠牲的かつ贖罪的な性格を著しく弱めています。それにもかかわらず、このミサはゴルゴタでの犠牲そのものです。新しいミサの祈りは、ミサを「食事」として強調するものです。
これは深刻な問題です。単に「ノヴス・オルドをラテン語で、あるいはアド・オリエンテム(東向き)で執り行えば、すべて解決する」と言うことはできません。それだけでは不十分です。なぜなら、これら二つの要素は、実に極めて曖昧だからです。そして、教会の中心的かつ最も崇高な行為――すなわち、ゴルゴタの犠牲の秘跡的再現であり、地上で天主に捧げられる最大の礼拝行為であるミサ聖祭――において、その行為が教義上の曖昧さに染まることを、我々は容認することはできません。
私は、ノヴス・オルドが異端だと言っているわけではありません。しかし、新しいミサは教義を著しく弱体化させています。教会は、このままの状態を続けるわけにはいきません。だからこそ、聖ピオ十世会は、ノヴス・オルドのこうした教義上の曖昧さを指摘し、聖座にその是正を求めることで、教会の未来に多大な貢献をしているのです。
聖伝のミサを捧げている、いわゆる「エクレシア・デイ」の他の共同体たちは、それを口にする勇気を持てずにいます。もし彼らがそれを要求し始めたら、明日にも調査官が派遣され、統制下に置かれることになるでしょう。ここ数年の出来事がそれを物語っています。フランスにある聖ペトロ会の三つの繁栄していた小教区が、それぞれの司教によって閉鎖され、聖座へのあらゆる上訴も実を結ばなかったのです。聖座は彼らを助けませんでした。
最近、信頼できる情報筋から、ヨーロッパの別の「エクレシア・デイ」修道会に関する事例を聞きました。彼らは前任の司教の同意を得て、すでにその司教区で活動していました。彼らは新任の司教に対し、教会法上の設立認可によってその存在を正式に認めるよう要請した。これは、司教がローマに問い合わせることなく、自らの権限で認めることができるものでした。教会法はそう定めています。それにもかかわらず、この司教はローマに問い合わせたのです。『この共同体を自分の教区内で承認し、正式に設立すべきか?』と。するとローマはこう答えたのです。『彼らにその承認を与えてはならない。』これが現状であり、現実です。」
明確にするべき3つの主要な教義上の点
シュナイダー司教は、聖ピオ十世会が主張しているのと同様に、第二バチカン公会議の根本的な教義上の誤りを指摘しており、これらは公会議以来、是正されるために教会内での綿密な検討を必要としています。
「次に、教会内で議論され、検討されるべき他の教義的要素があります。『あの有名な"連続性の解釈学"でこれを解決しよう』と単純に言うことはできません。いいえ。それは知的に誠実ではありません。それは、円を四角にしようとするようなものです。私はこれを『精神的な曲芸』と呼んでいます。それは機能せず、人を納得させることもできません。曖昧さを残したままにしてしまうからです。
教会は、教義上の曖昧さに留まるわけにはいきません。そして、主な論点は主に三つあります。
第一は、いわゆる「信教の自由」であり、第二バチカン公会議で定式化された形のそれです。それをありのままに単純に読めば、それは極めて曖昧であり、相対主義を助長するものです。すなわち、あらゆる宗教が広められ、容認されるべき同等の権利を有し、その権利は単なる市民的権利にとどまらず、人間の本性に根ざした、つまり自然権であるということになっています。しかし、自然法は天主によって積極的に意向されたものです。そして天主は、偶像崇拝の宗教が、天主が全人類に命じた唯一の真の宗教、すなわちカトリック教と同じ権利を持って広まることを、積極的に望むはずがありません。
したがって、これは曖昧であり、相対主義的であり、これを読む者なら誰にとっても明白なことです。そして、あなたが言及されたように、いわゆる「公会議の精神」の結果として、「信教の自由に関する宣言」が使った表現は、世界中のほぼすべての神学部や神学校において、あたかも全ての宗教が天主への等しい道であるかのように、すべての宗教が同じ権利、同じ尊厳を持っていることを実質的に意味するものとして解釈されてきました。これは、教皇フランシスコ自身がアブダビで表明したことです。
ちなみに、帰路の機内で、あるジャーナリストが、アブダビ文書における「天主は創造の英知において宗教の多様性を望んでおられる」という主張は相対主義的ではないか、と尋ねました。教皇フランシスコは、そうではない、この一節は公会議が宗教について教えた内容から一ミリも外れていない、と答えました。その点において、彼は少なくとも正直でした。
そこである聖伝の司祭は、500ページ以上の分厚い本を一冊丸ごと執筆し、矛盾を無理やり整合させ、これらすべてを聖伝的な意味合いで解釈できると説明しようと試みました。しかし、たった一文の解釈に100ページや500ページもの紙面を要するということ自体が、すでに何かがおかしいこと、深刻な曖昧さがあり、それが是正されなければならないという兆候です。
【訳者注:シュナイダー司教は、ここで名前は出さないが、ド・ブリニエール神父のことを暗示している。ド・ブリニエール神父は、以前、第二バチカン公会議の信教の自由を厳しく批判し教皇聖座空位主義者であったが、後には、聖伝に沿うように解釈することを試みた。】
「すべての人間は、良心に従って宗教を選択する自由を有し、個人としても集団としても、その信仰を公言し、実践し、広めることを誰からも妨げられることなく、この権利は人間の本性に根ざしている」というこの定式は、カトリックの信仰にのみ適用されるものです。他の宗教については、別のことを付け加える必要があります。「寛容であるべきことは確かであるが、自由と同じことではない。」
教会は教父たちの時代からそう述べてきました。とりわけ聖アウグスティヌスはこう語っていました。ローマ帝国の異教を、イエズス・キリストへの信仰と同列に置くことはできません。キリスト教徒たちはそのために命を落としたのです。したがって、この点は修正されなければなりません。
第二の点は、誤ったエキュメニズムです。他のキリスト教共同体が、共同体として救いの業における聖霊の道具であるとする宣言は、事実上、カトリック教会の唯一無二の立場を相対化し、事実上、他のキリスト教共同体とほぼ同列に置いているのです。
より正確には、聖霊はそれらの共同体の中にいる特定の個人を、救いの道具として用いることができる、と言うべきでしょう。しかし、客観的に見て異端的あるいは離教的であるそれらの組織そのものが、そのまま救いの道具であるとは言えません。ここでもまた、極めて曖昧な表現となっています。そして、こうした曖昧さの結果が、宗教間対話やエキュメニズムにおいて見られます。すなわち、カトリック教会の唯一性に対する絶え間ない相対化です。
さらに、『教会憲章』第16項には、私たちカトリック信者はイスラム教徒と共に唯一の天主を礼拝するという記述があります。どうしてイスラム教徒と共に同じ主を礼拝すると言うことができるのでしょうか? 礼拝という行為の本質という観点からしても、それは不可能です。キリスト教信徒の礼拝行為は、超自然的な次元において、常に天主の子としての行為です。一方、イスラム教徒の礼拝行為は、たとえ誠実であり、コーランというテキストを知らずとも、単に創造主を礼拝したいと願うものであっても、別の次元にあります。彼には、洗礼と信仰による天主の子としての関係がないからです。したがって、その礼拝行為は本質的に超自然の礼拝をする我々の礼拝とは異なります。
【訳者注:教会憲章 16 には「救いの計画は創造主を認める人々をも包容するものであって、そのような人々のうちには第一に、アブラハムの信仰を保っていると主張し、最後の日に人々を審判する唯一の慈悲深い神を、われわれと共に礼拝する回教徒が含まれる。」という一節がある。南山大学監修 第二バチカン公会議公文書全集 1986 】
では、どうして「私たちはイスラム教徒と共に礼拝している」と一息に言えるのでしょうか。それは不可能です。少なくとも、極めて曖昧です。では、もし私たちがイスラム教徒と同じ天主を礼拝しているのなら、なぜイスラム教徒に福音を伝える必要があるのでしょうか。それが必然的な帰結となります。また、もし彼らの共同体が、公会議が言うように、救いをもたらす聖霊の道具であるのなら、なぜプロテスタントや離教を教会に改宗させる必要があるのでしょうか。
ここ60年間、こうした極めて曖昧な表現がもたらした結果がこれです。私たちは完全な混乱と、真理の全面的な相対化に至ってしまいました。
三つ目の重大な点は、いわゆる「司教団体制」、すなわち、公会議以前の教父たちや教皇たちによって教えられたことのない、全く新しい教義です。それによれば、司教団は教皇と共に、全教会に対する最高権威を恒久的に有しているとされます。これは新奇な概念です。かつて教えられたことなどありません。そして、これは福音に反するものです。
主はただペトロ一人にこう言われました。「わたしの羊を牧しなさい……わたしの小羊を牧しなさい」。つまり、司教たちと全群れを意味します。主はペトロや他の使徒たち全員に同時にそう言われたわけではありません。主はこう言うこともできたはずです。「ペトロよ、そして彼と共にいる他の使徒たちよ、わたしの群れを牧しなさい」。しかし、主はそう言われませんでした。
この意味で、『教会憲章』の「司教団体主義」に関する教えは、天主が定められた教会の君主制的な構造に関するカトリックの聖伝と福音の教えを弱体化させるものです。普遍教会には指導者が一人います。それはペトロ、すなわち教皇です。そして、各地方教会の指導者には司教たちがいます。普遍教会に対して恒常的に集団的な最高統治を行使するような、天主によって設立された中間機関は存在しません。
これは、例えば公会議や、教皇が普遍的な効力を与える特定の教会会議において、教皇が自身の唯一の最高権威に司教団を参加させることが有益であると判断した場合など、特定の状況においてのみ可能です。これは教皇の裁量に委ねられており、教皇はそれに強制されることはありません。
当然ながら、歴代の教皇は、自らが司教団の長でもあることを常に認識していました。歴史上、彼らはシノドスや公会議において、様々な形で司教団と協議を行ってきました。しかし、それは教会の君主制的な構造を変えるものではありません。
したがって、これら三つの教義上の問題は重要です。解決されなければなりません。そしてここにおいて、聖ピオ十世会は全教会にとって多大な助けとなります。なぜなら、聖ピオ十世会はこれらの教義上の問題、そしてノヴス・オルドの問題に正直に向き合うよう促しているからです。確かに、それには時間がかかるでしょう。しかし、教会には時間があります。
だからこそ、私は教皇レオにこう訴えたのです。「どうか、架け橋を築いてください。これらの司教聖別に対して使徒的委任を与えてください。それは統合と正常化に向けた第一歩となるでしょう。」 教会法上の状況はまだ完全には解決されないでしょうが、それは後になってからでも構いません。しかし、第一歩を踏み出すことで、聖ピオ十世会の協力を得て、教会内でなされるべき議論に向けた相互信頼の雰囲気がすでに醸成されるでしょう。
私は、教皇レオが司教聖別の許可を与えるという奇跡が起こることを、最後の日まで願い、祈り続けます。子供のように信じ、この状況において教皇が取るべきこの正しい行動を教皇がとるように祈らなければなりません。」
聖伝の世界における聖ピオ十世会に対する遺憾な公の攻撃
シュナイダー司教は、他の聖伝主義者や保守派から聖ピオ十世会に向けられる批判を嘆き、現在の危機的状況において、より兄弟愛に満ちた建設的な姿勢を求めます。
「また、こうした状況下で、多くの聖伝主義の共同体や、聖伝を愛することで知られる一部の司教や枢機卿が、公然と聖ピオ十世修道会を攻撃し、離教と断じたり、破門をほのめかしたりし始めたことを、私は遺憾に思います。それは何の助けにもなりません。むしろ逆であるべきです。
教会のこの甚大な混乱の中、相対主義が蔓延しています。ミサの執行において冒涜や涜聖がますます頻繁に行われ、司教や枢機卿たちが公然と異端を唱えても罰せられず、女性の司祭の叙階を求めたり、近いうちに既婚の司祭を叙階すると宣言したりしても、叱責されることもなければ、警告さえも受けない状況下です。ドイツの「シノドスの道」は言うまでもなく、これは教会の構造を完全に蝕み、プロテスタントの共同体のように作り変えようとしていますが、ローマは長年にわたり介入していません。世界がますます反キリスト教的になり、ジェンダーや同性愛のイデオロギーが世界的に押し付けられ、ヨーロッパではイスラム化が進んでいるというこの状況下です。
例えば最近、スペインの首相は、スペインで誰かがイスラム教や預言者ムハンマドを批判した場合、その人物は五年間投獄される可能性があると述べました。しかし、誰かがイエズス・キリストを侮辱した場合については、同じことは言いません。これが現状です。
このような状況下において、私たちは、カトリックの信仰、司祭養成、そして聖なるミサの完全性をまだ保っているすべての人々を団結させるべきです。これこそが、まさに「聖ピオ十世会」が望んでいることです。すでに11月、総長は慎重かつ敬意を持って、教皇に対し、これらの司教聖別に反対しないよう要請しました。この最初の要請は、きっぱりと拒否されました。しかし、彼らはまだ試みており、今後も正式に要請するだろうと私は考えています。
こうした状況下において、私は聖伝主義の内部から発せられたこれらの攻撃を深く嘆かわしく思います。これは、四世紀のアリウス派の危機の際の状況を思い起こさせます。聖バシレイオス大司教は、それを「霧の立ち込める夜の海戦」に例え、敵船を攻撃する代わりに、味方同士が互いに攻撃し合う事態となったと描写しました。
私たちの状況も同様だと考えます。なぜ聖ペトロ会や他の団体が、聖ピオ十世会を公然と攻撃し、脅し、離教呼ばわりしなければならないのでしょうか?それどころか、彼らは教皇様にこう申し上げるべきです。「教皇様、私たちは、あなたが寛大な措置を講じるべきだと考えます。例外として、彼らに司教聖別の許可を与えてください。これは教会法の問題であり、天主の法ではありません。その後、ゆっくりと、段階を踏んで、彼らを統合し、話し合いを進めていきましょう。これには時間がかかるでしょう。」
これこそが、すべてのエクレシア・デイ共同体がなすべきことです。しかし、それどころか、彼らは攻撃を仕掛けています。そして、彼らは、聖バシレイオスが、危機の最中に自らの兄弟を攻撃した者たちについて述べたように、歴史に名を残す危険を冒しているのです。」
ルフェーブル大司教の将来的な列聖への呼びかけ
シュナイダー司教は、不屈の司教であったマルセル・ルフェーブル大司教への敬意を隠さず、いつか彼が列聖されることを願って次のように述べました。
「私は、教会のあらゆる組織――私が大変敬愛し、素晴らしい働きをしている聖ペトロ会、その他の修道会、 良き司教たち――に対し、より一層団結し、聖ピオ十世会に対してより兄弟愛に満ちた前向きな姿勢を示すよう呼びかけたい。そうして、この前例のない緊急事態において、聖母なる教会を回復するための唯一の力を共に形成するためです。
そして、教皇のために祈らなければなりません。天主が彼を照らしてしてくださるように。教皇は聖伝の指導者でなければなりません。教皇とは生まれながらの聖伝の指導者です。そして、その日は必ず来ます。私たちはそれを強く願い求めなければなりません。
今後の司教聖別についてですが――私は最後の瞬間まで、教皇が寛大な措置を講じてくださることを望んでいます――たとえそれが実現しなかったとしても、天主は全教会の益のためにそれを許されるでしょう。天主の摂理は、これらすべてをいかに用いるべきかをご存知なのです。
私たちは、天主の摂理と、教会の母である聖母マリアに大きな信頼を置かなければなりません。聖母に懇願しなければなりません。そして、ルフェーブル大司教にも懇願しなければなりません。明日(3月25日)は彼の命日です。私は、将来のある日、彼が教会によって偉大な司教として認められると確信しています。そして、私は、いつか彼が、困難な時代における司教殉教者として列聖される可能性さえ排除しません。彼は、迫害され、職務停止処分を受け、破門されたにもかかわらず、常に聖座と教皇を愛し続け、最期まで教皇のために祈り、聖座と聖なる母なる教会を愛し続けた人物なのですから。」
『Certamen』誌:「教皇主義」への批判と、破門の可能性をめぐる問題
別のインタビュー、今回はオーストリアのメディア『Certamen』への書面によるインタビューで、シュナイダー司教は、一部のカトリック信者の間で見られる教皇の権威に対する一種の「神格化」を嘆いています。
「過去数世紀の間に、第一バチカン公会議の二つの教義、すなわち教皇の裁治権上の首位権と教皇の不可謬性について、誤った反聖伝的な解釈が広まってきました。その結果、一種の『教皇主義』、すなわち教皇という人物の絶対化、さらには準神格化が生じ、キリストの中心的地位や聖伝への根ざしを損なう形で、教皇を教会生活の全中心としてしまうようになってしまいました。このような過度な見解の下では、教皇の決定に対するあらゆる不従順が離教とみなされます。
さらに、教皇の不可謬性に対する誤った理解が広まり、事実上、教皇の言葉はすべて誤りがないものと見なされるようになりました。また、離教に関する単純化した見解も発展し、離教の意向がないことや、その人々が教皇を認め、典礼の中で教皇のために祈っているという事実にかかわらず、あらゆる普通ではない状況が、離教と同一視されるようになってしまいました。
さらに、教皇の委任なしに行われた司教聖別は、しばしば自動的に離教的な行為、あるいは本質的に悪しき行為と見なされますが、これは教会の不変の教会法上の聖伝に反するものです。1983年の法典以前、そのような叙階は破門の対象とはならず、単に停職処分に留まっていました。今日においても、法的には職権の簒奪または秘跡の規律違反の行為に該当し、教会の統一に対する直接的な侵害とはみなされません。
より広く言えば、教会の規範の遵守が、教義の明瞭さや信仰・典礼の純粋性を守る必要性よりも優先されるという、法実証主義的な考え方が広まってしまったのです。」
シュナイダー司教は、教皇が特定の勢力からの圧力に屈することなく、その上に立ち向かう能力を依然として確信している。
「教皇は完全かつ絶対的な統治権限を有しており、側近たちの意見に左右されることなく、自由に行動することができます。もし常に彼らに依存しているならば、真の意味で自由とは言えないでしょう。教皇は派閥を超越して立ち、聖ピオ十世会のメンバーを含むすべての信徒にとって、真の牧者であり父として行動しなければなりません。」
とはいえ、無効かつ不当な破門という可能性は依然として残っていますが、それが聖ピオ十世会の義務を果たすことを妨げるものではありません。
「もし教皇がその任務を拒否し、破門をもって司教聖別を処罰したとしても、法的に影響を受けるのは司教聖別を行った司教と司教聖別を受けた司教のみであり、司祭や信徒は対象外となります。司牧活動はおそらく以前と同様に継続されるでしょう。特に現在の教会の危機がさらに深刻化すれば、メディアでの注目度が高まることで、より多くの信徒や改宗者が集まる可能性さえあります。現時点では、事態が好転する兆しは全く見られません。」
1988年よりも深刻な緊急事態
シュナイダー司教によれば、今日の教会の状況は1988年よりもさらに深刻であり、このような緊急事態は、すべての人々が貢献を求められている将来の復興を見据えた今後の司教聖別を、なおさら正当化するものです。
「私たちは、異端の蔓延、自然法に反する行為の正当化、宗教的折衷主義、宗教無関心主義、秘跡の規律や司祭の独身制への違反、冒涜、そして信仰の喪失といった、まさに黙示録的な状況に直面しています。そして、時には高位聖職者までもがこれに関与しています。
このような状況において、解決をもたらし得るのは天主の介入のみです。この解決は、あるいは浄化の試練によるものであるかもしれず、あるいは、信徒とりわけ最も謙虚な人々の祈りと犠牲の実りとして教皇が聖伝へと深く回心することによるものであるかもしれません。
一つ確かなことは、教会は天主の御手の中にあるということです。たとえ嵐の真っ只中で眠っているように見えても、キリストこそが教会の舟の舵取りです。しかし、私たちは、キリストが再び立ち上がって波を鎮め、聖なるローマ教会が再び完全に真理の灯台であり、真理の座となることを固く信じています。」
YouTubeで「NOT SCHISMATIC AT ALL」をご覧ください:シュナイダー司教が兄弟である司教たちに聖ピオ十世会についての再考を懇願。