シュナイダー司教、ローマと聖ピオ十世会の間に橋を架けるよう教皇レオ十四世に訴える

ソース: FSSPX Japan

アタナシウス・シュナイダー司教は、バチカンが「教会の交わりの決定的な断絶(離教)となる」と警告していたにもかかわらず、聖ピオ十世会が司教聖別を進めると発表したことを受け、本日、教皇レオ十四世に訴えました。

以下は、全文公開された「聖ピオ十世司祭会との間に橋を架けるための教皇レオ十四世への兄弟としての訴え」と題された訴えで、このアスタナの補佐司教は、「聖座と聖伝の司祭会(聖ピオ十世会)との将来の関係にとって決定的」な時である描写し、司牧的な寛大さと教会の一致を求めています。

シュナイダー司教は以前、聖ピオ十世会の神学校などへのバチカンの視察の責務を務め、同会の構造、指導者たち、信徒たちについて直接の洞察を得てきました。同司教の訴えは、和解を求める慎重な希望から、懲戒処分を求める再び新たなった声までの反応という、カトリック世界における激しい議論があるただ中で行われています。

シュナイダー司教は、教皇レオ十四世に対し、決定的な行動をせずに、この「真に御摂理的な時」を逃すことのないように警告しています。同司教は、使徒的委任を与える機会を放棄すれば、聖ピオ十世会との「真に不必要で痛ましい」分裂を固定化する危険があり、歴史が容易に見過ごすことのできない断絶となるだろうと警告しています。

教会がシノダリティ、司牧の広さ、そして教会の包括性を強調する時代にあって、同司教は、真の一致は聖ピオ十世会に属する信徒にも及ばなければならないと主張します。同司教の示唆によれば、教皇の前にある選択は、教会史のこの章が、橋を架ける寛大さの時として記憶されるのか、それとも避けられた分離として記憶されるのかのどちらかである、と司教は主張します。

聖ピオ十世会が完全に分離されるとしたら、それは悲劇ですが、その分裂の責任は主に聖座にあることになります。

以下はシュナイダー司教が教皇レオ十四世に送った訴えの全文です。


 

聖ピオ十世司祭会との間に橋を架けるための教皇レオ十四世への兄弟としての訴え

アタナシウス・シュナイダー司教

聖ピオ十世司祭会の司教聖別をめぐる現状は、突如として全教会の目を覚まさせました。2月2日に聖ピオ十世会がこの聖別を進めると発表した後、驚くほど短期間のうちに、カトリック世界の幅広い層で、激しい、しばしば感情的な議論が起こりました。この議論における声は、理解、憐れみ、中立的な観察、常識的なものから、理不尽な拒絶、断固たる非難、公然とした憎悪まで、広い範囲にわたります。希望を持つ理由はあり、教皇レオ十四世が実際に司教聖別を承認する可能性があるというのは、決して非現実的なことではないのですが、すでにインターネット上には、聖ピオ十世会の破門勅書の文言の案が出回っています。

こうした否定的な反応は、その意向がしばしば良いものだとしても、問題の核心が、まだ十分な誠実さと明晰さをもって把握されていないことを明らかにしています。表面的なものにとどまっている傾向があります。教会生活内部の優先順位が逆転し、教会法的かつ法律的側面、つまり一種の法実証主義が至高の基準にまで高められているのです。さらに、司教聖別に関する教会の慣行についての歴史的認識が欠如しているケースも見られます。そのため、不従順が、安易に離教と同一視されすぎています。教父時代、すなわち教父たちの時代における教会の慣行や自己認識と比較すると、司教の教皇との一致の基準、ひいては真の離教とは何かという理解は、過度に一方的な見方がされています。

この議論において、「信仰の遺産」(Depositum fidei)には存在していない新たな準教義とも言えるものが確立されつつあります。これらの準教義によれば、司教聖別をするには教皇の同意が要求されることは天主の権利によるもので、また、この同意なしに、あるいは教皇の禁止令に反して行われた司教聖別は、それ自体で離教行為になると主張しています。しかしながら、教父たちの時代、そしてその後の長きにわたる教会の慣行と理解は、この見解に反するものです。さらに、教会の二千年の伝統で認められている神学者たちの間でも、この問題に関して完全一致の意見はありません。何世紀にもわたる教会の慣習、および聖伝による教会法も、このような絶対的な主張には反対の立場にあります。1917年の教会法典によれば、教皇の意に反して行われた司教聖別は、破門ではなく、聖職停止処分のみとされました。これにより、教会は、そのような行為を離教的なものとはみなしていないことを明確に示していたのです。

教皇首位権を啓示された真理として受け入れることは、司教が教皇との位階的な一致を示す具体的な形式(歴史を通じて進化してきた形式)と、しばしば混同されています。教皇首位権を信じ、現教皇を認め、教会が不可謬的かつ決定的に教えてきたすべてのことを教皇と共に守り、秘跡の典礼の有効性を守ることは、天主の権利に属しています。しかし、教皇の或る命令への不従順を――たとえこの不従順が教皇の意に反して行われた聖別の場合であっても――離教と同一視する単純化された見解は、教父たちや聖伝による教会法とはかけ離れたよそものでした。例えば、357年、聖アタナシウスは、教皇リベリウスの命令――司教団のうちの圧倒的大多数との位階的一致に入るよう指示した――に従いませんでした。司教の大多数は事実上アリウス派または半アリウス派であったからです。この不従順の結果、聖アタナシウスは破門されました。この時、聖アタナシウスは、教会への愛から、また使徒座の名誉のために、曖昧さの疑いから純粋な教理を守ることだけを求めつつ、教皇の命令に従わなかったのです。

教会の最初の千年紀において、司教聖別は一般的に教皇の正式な許可なしに行われ、候補者は教皇の承認を必要としませんでした。公会議によって発布された、司教聖別に関する最初の教会法上の規則は、325年のニケア公会議の規則であり、これは新しい司教が当該管区の司教の過半数の同意を得て聖別されることを求めていました。聖アタナシウスは、死の直前、教理上の混乱の時期に、後継者であるアレクサンドリアの聖ペトロを自ら選んで聖別しました。これは、不適格だったり能力が低かったりする候補者が司教職に就かないようにするのを確実にするためでした。同様に、1977年、天主のしもべであるヨシフ・スリピ枢機卿は、当時のバチカンの東方政策(Ostpolitik)が理由で教皇パウロ六世が許可しないことを十分に認識しつつ、教皇の承認を得ずにローマで三人の司教を秘密裏に聖別しました。しかし、ローマがこの秘密裏の聖別を知っても、破門の罰則は適用されませんでした。

誤解のないようしたいと思いますが、通常の状況下では、つまり教理上の混乱がなかったり、異常な迫害の時代でもなかったりする場合には、教会の一致をさらに効果的かつ目に見える形で維持するために、教会の教会法上の規範を遵守し、教皇の正当な指示に従うよう、できる限りのことを行わなければならないのは、当然のことです。

しかし、今日の教会生活の状況は、次のたとえ話で説明することができます。大きな家で火事が発生します。消防署長は、新しい消防設備の使用のみを許可しますが、その設備は古い実績のある消防設備よりも効果が低いことが実証されています。ある消防士たちはこの命令に逆らい、実績のある設備を使い続けました。そして実際に、多くの場所で火は鎮火しました。しかし、これらの消防士たちは不従順で離教的だとみなされ、処罰されるのです。

この比喩をさらに進めましょう。消防署長は、新しい設備を理解して新しい消火規則を遵守し、新しい消防署の規則を守る消防士だけを、消防士として出動させます。しかし、火災の規模の大きさ、それに対する必死の闘い、そして公式の消防隊の人員不足を考えると、他の助っ人たちは消防署長の禁止にもかかわらず、技術、知識、善意をもって献身的に介入し、最終的に消防署長の消火活動の成功に貢献します。

このような硬直した理解できない行動に対して、二つの説明が考えられます。一つは、フランスの喜劇「すべて順調でございます、侯爵夫人!」(Tout va très bien, Madame la Marquise!)のように、消防署長が火災の深刻さを否定しているか、もう一つは、消防署長が、実際には家の大部分が燃えて、後に新しい設計に従って再建されることを望んでいるか、のどちらかです。

発表があったものの承認を受けていない聖ピオ十世会の司教聖別をめぐる現在の危機は、60年以上にわたってくすぶってきた傷を、教会全体の目の前に露呈させています。この傷は比喩的に教会の癌、具体的には教理上および典礼上の曖昧さという教会の癌と形容することができます。

最近、「ロラテ・チェリ」(Rorate Caeli)ブログに、素晴らしい記事が掲載されました。この記事は、類まれな神学的明晰さと知的誠実さをもって書かれ、「第二バチカン公会議の長い影:教会の癌としての曖昧さ」(シャフツベリー教会参事会員:Rorate Caeli、2026年2月10日)と題されています。第二バチカン公会議の曖昧な声明の根本的な問題は、公会議が教理上の正確さよりも司牧上の言い方を優先したことです。著者の次の言葉には、誰もが同意できるでしょう。

「問題は、第二バチカン公会議が異端的だったことではありません。問題は、第二バチカン公会議が曖昧だったことです。そして、その曖昧さの中に混乱の種がまかれ、近代の教会史の中で最も問題を起こすいくつかの神学的発展へと開花したのです。教会が、たとえ意図していなかったとしても、曖昧な用語で語る時、霊魂は危険にさらされるのです」。

著者は続けます。

「教理上の『進展』が以前のものと矛盾しているように思われるとき、あるいは、以前の教会の教えと調和させるために数十年にわたる神学的な駆け引きを必要とするとき、私たちはこう自問しなければなりません。『これは発展なのだろうか、それとも発展を装った断絶なのだろうか』」(シャフツベリー教会参事会員「ロラテ・チェリ」、2026年2月10日)

当然推測できることは、聖ピオ十世会が、教会が教理と典礼の中にあるこの曖昧さから脱却して、救いに至る永遠の明晰さを取り戻すのを助けたいと願っていることです。それは、教理上の混乱と曖昧さを特徴とするあらゆる危機の後に、教会の教導権が、教皇の指導の下、歴史を通じて明確にそうしてきたようにです。

実際、聖座は聖ピオ十世会に感謝すべきです。なぜなら、聖ピオ十世会は現在、公会議の特定の声明とノブス・オルド・ミサに、曖昧で誤解を招く要素が存在することを、率直かつ公然と指摘している、ほぼ唯一の主要な教会組織だからです。聖ピオ十世会は真摯な教会への愛に導かれてこの努力をしています。聖ピオ十世会が教会、教皇、人々の霊魂を愛していなかったなら、この仕事を引き受けたり、ローマ当局と関わったりすることはなかったでしょう。そして、聖ピオ十世会は間違いなく、もっと楽な生き方をしていたことでしょう。

マルセル・ルフェーブル大司教の次の言葉は深く感動を与えるものであり、聖ピオ十世会の現在の指導部とほとんどの会員の姿勢を反映しています。

「私たちはペトロを信じ、ペトロの後継者を信じています! しかし、教皇ピオ九世が教義憲章で明確に述べているように、教皇は、新しい真理をつくり出すためではなく、私たちに全時代の信仰を維持させるために聖霊を受けました。これは、第一バチカン公会議の時代に、教皇ピオ九世が定めた教皇の定義です。だからこそ私たちは、これらの聖伝を守ることで、ペトロの後継者への愛、従順、服従を示していると確信しているのです。信仰、道徳、典礼の劣化を前にして、私たちは無関心でいることはできません。そんなことは問題外です! 私たちは教会から離れたいとは思っていません。その反対に、教会が存続することを望んでいるのです!」。

もし誰かが教皇との間に困難な問題があることを最大の精神的苦痛の一つと考えるなら、それ自体が、そこに離教の意向がないことの有力な証明です。真の離教者は、使徒座からの分離することを誇りにさえします。真の離教者は、教皇に対し、自分たちの司教を認めるよう謙虚に懇願することは決してありません。

すると、マルセル・ルフェーブル大司教の次の言葉は、どれほど真にカトリック的なものなのでしょうか。

「私たちは、信仰のゆえにローマと困難な状況に陥っていると考えるのは、計り知れないほど残念で、計り知れないほどの苦痛を感じます。どうしてこのようなことがあり得るでしょうか。これは想像を絶すること、私たちには決して想像もできなかったことであり、特に私たちの子供のころ、すべてが統一され、教会全体がその全体的な一致を信じ、同じ信仰、同じ秘跡、同じミサの犠牲、同じカテキズムを持っていたころには、決して信じることができなかったことです」。

私たちは、信教の自由、エキュメニズム、団体主義に関する明らかな曖昧さ、そしてノブス・オルド・ミサの教理上の不正確さを、誠実に検証しなければなりません。この点に関しては、公会議の専門家(peritus)であり、著名な典礼学者でもあるボニファス・ルイクス大修道院長が最近出版した著書「第二バチカン公会議のより広い視点:公会議顧問の記憶と分析」(A Wider View of Vatican II. Memories and Analysis of a Council Consultor)を読むべきです。

G・K・チェスタートンは、かつてこう言いました。「教会に入ると、私たちは帽子を取るように言われる、頭ではない」。聖ピオ十世会が完全に分離されるとしたら、それは悲劇ですが、その分裂の責任は主に聖座にあることになります。聖座は聖ピオ十世会を招き入れ、最低限の教会内への統合を提案し、教理上の対話を継続すべきです。聖座は、中国共産党に対して驚くほどの寛大さを示し、司教候補者を選ぶのを許可してきましたが、しかし聖座自身の子供たち、つまり聖ピオ十世会の何千何万もの信者については、二級市民のように扱われているのです。

聖ピオ十世会は、第二バチカン公会議の文書中にある教理上の疑問や困難な問題を引き起こす記述を明確にし、補足し、必要であれば修正することを目的として、神学的な貢献を行うことを認められるべきです。これはまた、教会の教導権がこれらの文書において、不可謬性を持つ教義上の定義を表明する意向はなかったことも考慮に入れなければなりません(パウロ六世、1966年1月12日一般謁見演説参照)。

聖ピオ十世会は、第二バチカン公会議の教父たちが行ったのと同じ「信仰宣言」(Professio fidei)を行っています。これは、トリエント・バチカン公会議の信仰宣言として知られるものです。もし、教皇パウロ六世の明確な言葉によれば、第二バチカン公会議が決定的な教理を提示しておらず、また提示する意向もなかったとすれば、そしてもし教会の信仰が公会議の前も、その期間中も、その後も変わらないのであれば、なぜ1967年まで教会で有効であった信仰宣言が、突然真のカトリック信仰のしるしとして有効ではなくなったとみなされるのでしょうか。

しかし、聖座は、トリエント・バチカン公会議の「信仰宣言」は、聖ピオ十世会にとって不十分なものであると考えています。トリエント・バチカン公会議の「信仰宣言」は、実際には教会の交わりのための「最低限」を構成するものではないのでしょうか。もしそれが最低限でないなら、率直に言って、一体何が「最低限」だと言えるのでしょうか。しかし聖ピオ十世会が「不可欠の条件」(conditio sine qua non)として要求されているのは、最後の公会議とその後の教導権の決定的ではない司牧的な教えをも受け入れるという「信仰宣言」を行うことです。もしこれが本当にいわゆる「最低限の条件」であるならば、ヴィクトル・フェルナンデス枢機卿は言葉遊びをしているように見えます!

教皇レオ十四世は、2026年1月25日キリスト教一致祈祷週間の締めくくりに行われたエキュメニカル晩課の際、カトリック信者とカトリック以外のキリスト教徒は、キリスト教信仰の最低限の部分を共有しているため、既に一致が存在していると述べました。
 

「実際、わたしたちは、すべての人の父である、一にして唯一の天主への信仰を共有し、唯一の主と、まことの天主の子であるイエズス・キリストと、唯一の聖霊をともに告白します。」(使徒的書簡「信仰の一致において」(In Unitate Fidei)12番、2025年11月23日)。
 

さらに、こう宣言しました
 

「わたしたちは一つです。わたしたちはすでに一つです。わたしたちはそのことを認め、体験し、表明します。」

この発言は、聖座の代表たちや一部の高位聖職者たちが行っている、聖ピオ十世会は教会と教理的に一致していないという主張と、どのように調和するのでしょうか。聖ピオ十世会が、第二バチカン公会議の教父たちの「信仰宣言」、つまりトリエント・バチカン公会議の「信仰宣言」を行っているというのにです。

多くの模範的なカトリック信者の霊的利益のために聖ピオ十世会に認められる更なる暫定的な司牧措置は、ペトロの後継者の司牧的な愛への深遠な証しとなるでしょう。そうすることで、教皇レオ十四世は、ある意味で教会の周縁に生きるこれらのカトリック信者に父としての心を開き、使徒座が聖ピオ十世会にとっても真に母であることを体験させることでしょう。

教皇ベネディクト十六世の次の言葉は、聖ピオ十世会の司教聖別の許可を決定するバチカンの人々の良心を目覚めさせるはずです。同教皇は私たちにこう思い起こさせます。

「過去数世紀にわたってキリストのからだを引き裂いた分裂を振り返るたびに、感じずにはいられないことがあります。それは、分裂が生じた危機的な時代に、教会指導者は、和解と一致を維持ないし回復するために十分なことをしなかったということです。この分裂が固定化したのは、教会の怠慢に責任の一端があるということです。このように過去を振り返るとき、現代のわたしたちはしなければならないことがあります。それは、心から一致を望むすべての人が、この一致にとどまることができるように、あるいはこの一致を回復できるように、全力を尽くすということです。」(教皇ベネディクト十六世の全世界の司教への手紙-1970年の改革以前のローマ典礼の使用に関する「自発教令」の発表にあたって 2007年7月7日

「491人の司祭、215人の神学生、6つの神学校、88の学校、2つの大学レベルの研究所、117人の修道士、164人の修道女、何千人もの信徒を擁する共同体に対して、私たちは全く無関心でいられるでしょうか。私たちは彼らを軽々しく教会から遠ざけるべきでしょうか。そして、偉大な教会もまた、その広大な領域を知り、自らに与えられた約束を知り、寛大であるべきではないでしょうか(「ルフェーブル大司教によって聖別された4人の司教の破門撤回に関するカトリック教会の司教たちへの手紙」、2009年3月10日)[1]。

【[1]聖ピオ十世会の2026年現在の年次統計:会員総数1,482名、司教2名、司祭(司教を除く)733名、神学生(候補生含む)264名、修道士145名、奉献修道女88名、修道女250名、会員平均年齢47歳、奉仕国77カ国、管区および自律修道院17、神学校5校、学校94校(うちフランス54校)。】

世界中の何千人もの信徒の霊的利益のために、司教聖別に関する教皇の委任(mandatum)を含む聖ピオ十世会のための暫定的かつ最小限の司牧的措置がなされれば、第二バチカン公会議の文書とその後の教皇の教導権の特定の記述から生じる教理上の性質の誤解や疑問、疑いを冷静に解明するために必要な条件を整えるでしょう。同時に、この措置がなされたば、聖ピオ十世会には、教導権によって決定的に提唱された、天主の啓示による信仰と教理に属するものと、特別な歴史的状況において主に司牧的な性格を持ち、したがって教会の歴史を通じて常に実践されてきたように、注意深い神学的研究に開かれたものとを明確に区別しつつ、全教会の利益のために建設的な貢献をする機会が与えられるでしょう。

教会の一致と多くの霊魂の霊的利益を心から願って、私は敬うべき兄弟としての愛をもって、レオ十四世教皇様に訴えます。

教皇様、聖ピオ十世会の司教聖別への使徒的委任(mandatum)をお与えください。教皇様は、数多くの息子たちや娘たちの父でもいらっしゃいます。彼らは二世代にわたる信徒であり、今や聖ピオ十世会の世話を受け、教皇を愛し、ローマ教会の真の息子や娘となることを望んでいます。ですから、他の人々の党派心を離れ、大いなる父としての精神と真にアウグスティヌス会の精神をもって、教皇様の選出後の最初の祝福の際に全世界に向けて約束されたように、橋を架けておられることを証明してください。

どうか、この真に御摂理的な時に、寛大な意志があれば架けられるはずのものだった、この橋を架けなかった者として、また、教会内部に、真に不必要で苦痛を伴う更なる分裂が起こることを許した者として――しかも、最大限の司牧的広がりと教会の包括性を自慢するシノドスの過程を行いつつ――、教会の歴史にお名前を残さないでください。正に、教皇様は、最近「エキュメニカルなシノドス的実践をさらに発展させ、互いに、自分は何者であるか、何をし、何を教えるかを、話し合うために努力しようではありませんか(教皇フランシスコ『シノドス最終文書 シノドス流の教会(2024年10月26日)』」(教皇レオ十四世の説教「キリスト教一致祈祷週間のエキュメニカル晩課」2026年1月25日)と強調されたではないでしょうか。


教皇様、聖ピオ十世会の司教聖別に関する使徒的委任をお与えになっても、現代の教会には何も失うものはありません。教皇様は真の橋を架ける人、そしてさらに模範的な橋を架ける人となるでしょう。なぜなら、教皇様は Summus Pontifex(最高位の橋を作る人)だからです。

+ アタナシウス・シュナイダー(アスタナの聖マリア大司教区補佐司教)
2026年2月24日