アタナシウス・シュナイダー司教は聖ピオ十世会を擁護する

ソース: FSSPX Japan

カザフスタン・アスタナ教区の補佐司教アタナシウス・シュナイダーは最近、聖ピオ十世会(SSPX)が「離教状態にある」と誤って主張し続ける批判者たちから聖ピオ十世会を擁護した。シュナイダー司教が聖ピオ十世会を擁護するのは今回が初めてではなく、おそらく最後でもないだろう。

2022年9月、オハイオ州に本拠を置くファティマの聖母会主催の質疑応答で、シュナイダー司教は、聖ピオ十世会が常に主張してきたこと、すなわち聖ピオ十世会がカトリック教会の外にあるのではないことを改めて強調した。司教はまた、聖ピオ十世会会員が破門されたとする主張を退け、聖ピオ十世会が第二バチカン公会議まで示されていた教会の聖伝を守っている事実を強調した。

シュナイダー司教は同様に、聖ピオ十世会の司教たちの破門に関する疑惑は長年争われてきた問題であり、2009年に教皇ベネディクト十六世によって最終的に解決されたと指摘した。

さらにシュナイダー司教は聖ピオ十世会が捧げるミサへの参加に関する懸念を和らげた。シュナイダー司教は、マルセル・ルフェーブル大司教が設立した聖ピオ十世会やその他の団体が「教会法上不規則な状況にある」と認識しつつも、カトリック信者が聖ピオ十世会聖職者から秘跡を受けることに障害はないと述べた。

2022年10月のカトリック系ジャーナリスト、ジョン=ヘンリー・ウェステンとのインタビューで、シュナイダー司教は再び聖ピオ十世会が離教状態にないこと、すなわちカトリック教会内の一組織であること、カトリック信者が聖ピオ十世会の聖堂や教会でミサに与ることができることを表明した。

司教は、聖ピオ十世会が離教状態にあると信じるのは「教会の現実に対する非常に狭く法的な見解」によるものであり、そう主張する人々は「カトリック信仰の完全性と聖伝の典礼の重要性、すなわち最優先事項よりも、教会法の条文を優先させている」と指摘した。さらにシュナイダー司教は、聖ピオ十世会がミサ中に教皇フランシスコ(注:現在は教皇レオ十四世)のために祈りを捧げ、その他の公的な祈りを捧げることで、聖ピオ十世会は継続的に「教皇との教会法上の交わり」を示している点を強調した。

司教の結論は誰にとっても驚くべきものではない。彼が想起するように、「教皇フランシスコは…聖ピオ十世会の司祭たちに常駐的・通常的・普遍的な告解の権限を付与した」、また聖ピオ十世会の司祭は現地司教の承認を得て婚姻の証人となることができる。

聖ピオ十世会は、教会における継続的な危機を理由に、補いの裁治権に基づき特別な個別の許可なしに司祭が有効な赦しを与え、婚姻に立ち会うことができる立場を堅持してきた。近年では教皇フランシコが聖ピオ十世会のために特別な裁治権を与えた事実は、聖ピオ十世会がカトリック教会と袂を分かっているという非難にも強く反論するものである。

シュナイダー司教は教皇の特命を受けて、2015年に聖ピオ十世会の二つの神学校を公式訪問し、アデランテ・ラ・フェ誌のインタビューで「聖ピオ十世会の聖職者と信徒に対する公式な教会法上の承認を拒否する重大な理由は存在せず、現状のまま受け入れられるべきである。これはまさにルフェーブル大司教が聖座に請願した『現状のまま我々を受け入れてください』という言葉そのものだ」と宣言したことを覚えている者もいるだろう、と語った。

さらに:

聖ピオ十世会が、最高教導権によって要求され承認され、何世紀にもわたって教会全体で守られてきた信仰・礼拝・道徳的生活を実践し、教皇と教区司教の正当性を認め、公に彼らのために祈り、新しい典礼書の規範版(editio typica)に基づく秘跡の有効性も認めるならば、 これをもって、聖座による聖ピオ十世会の教会法上の承認は十分であるべきである。

シュナイダー司教の言葉は、聖ピオ十世会とその聖堂で、教会の秘跡を受ける信徒たちにとって、既に知っている事実を裏付けるものである。しかし、それにもかかわらず、聖ピオ十世会が離教状態にあり、その司祭たちが適法な秘跡を授けていないという虚偽を含む、聖ピオ十世会に関する誤った情報がカトリック信者の間で流布され続けている。アスタナ司教の言葉がこの不必要な論争に終止符を打つなら喜ばしいが、残念ながら当面それは起こりそうにない。

カトリック教会が第二バチカン公会議の余波に苦しみ続け、迫り来る「シノドス性に関するシノドス」のような新たな急進的攻撃に備えねばならない歴史的局面において、信徒たちは聖伝を渇望している。

聖ピオ十世会は霊魂の救いのために、カトリック教会に聖伝を提示し続けている。シュナイダー司教が指摘するように、信徒は、聖ピオ十世会司祭の奉仕に霊魂を委ねることで、自分を教会の外に置いたり、罪を犯したりする心配は一切ない。教会が重大な信仰の危機に直面する今、安全な避難所を求める者にとって、シュナイダー司教の明確な言葉は最も歓迎すべきものである。