最高の完全な賜物、それはイエズス様とマリア様のなさった贖いの御業です

ソース: FSSPX Japan

2026年5月3日  御復活後第四主日

トマス 小野田圭志神父 説教  秋田巡礼

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

神父様、そして親愛なる秋田巡礼の皆様、

今日、聖パウロはその書簡の中で「すべての最高の賜物と完全な贈り物は、上から、光の父から来る」と言っています。今日は、この天主御父からの賜物について一緒に黙想しましょう。最高のものは父から来ます。

では、なんでこの世に苦しみとか悲しみがあるのでしょうか?

これも父から来るのでしょうか?

一緒に黙想いたしましょう。

天主は、私たちに最高の完全な賜物を与えました。それは、私たちが永遠の命に入ることができる、天主の永遠の命を共にすることができる、幸せに入ることができるという計画です。これはアダムとエワの時から始まりました。もしも私たちが、アダムとエワが罪を犯さなければ、私たちには苦しみも悲しみもなく、この地上で幸せな生活を送った後に、永遠の命に入るべきでした。しかし残念ながら、アダムとエワ、人類は罪を犯して、この最高の賜物、完全な贈り物を破壊してしまいました。それにもかかわらず、主は、さらにこれにまさる贈り物を、完全な贈り物を与えようとしました。それは、イエズス・キリストとマリア様のなさった贖いの業です。

この世に苦しみがあるのは罪のためです。この世に死が入ったのは罪のためです。しかし、贖い主は、この苦しみ、この死を道具として、さらに私たちが失った永遠の完全な命に、永遠の幸せに入るための手段としてくださいました。それが、その最高潮が、イエズス様とマリア様が捧げた十字架のいけにえです。罪のない天主御子が、十字架の上で苦しんだその苦しみを聴いてください。「わが天主よ、わが天主よ、なぜ私をお捨てになったのですか?」とおっしゃるほどの、全身にわたる霊的な、肉体的な苦しみでした。それをマリア様も共に苦しまれました。マリア様は、十字架の下で涙を流して立っておられました。イエズス・キリストと心を合わせて、イエズス様のいけにえをお捧げになりました。

マリア様もかつてこうおっしゃったことがあります。イエズス様を十二歳のときに神殿で見失ったとき、これを「いったいなぜ、あなたは私たちにそのようなことをしたのですか? なぜ私たちに苦しみを与えたのですか?」と。マリア様は最後には、十字架の下ではこの問いを投げかけませんでした。何故ならば、イエズス・キリストが、御父のわざを、仕事をしていると知っていたからです。いけにえを捧げているとご存知だったからです。マリア様は涙を流されました。典礼によると、そのマリア様の悲しみは、誰も想像することができない深い悲しみでした。「道行く人よ、私を見よ。私の涙を見よ。誰が私のこの悲しみを知ることができるか」と言っています。

マリア様は「イエズス様と共に私たちが苦しみを捧げることによって、罪を贖い、協力することができる」と教えています。これがまさにカトリック教会の教える核心であって、プロテスタントとカトリックを区別するものです。プロテスタントは「イエズス様がたった一人ですべてをなさったので、他の人は何もする必要がない。私たちはただ、キリストがやったことを信じればそれで良いのだ」と教えていますが、イエズス様とマリア様、そしてカトリック教会は「そうではない」と言います。「私たちが、救いの贖いに協力しなければならない」と教えています。「キリストの苦しみの欠けたところを、私たちも満たさなければならない」と、聖パウロと共に言っています。「マリア様がなさったように、私たちもマリア様のようにキリストの十字架の足元に立ちとどまらなければならない」と教えています。

それはどうしたらよいでしょうか? それは愛です。「もしも罪のないイエズス・キリストと、汚れのないマリア様がこれほど私たちのために苦しまれたのならば、実は、私たちこそ罪のために苦しまなければならないのではないでしょうか? イエズス様とマリア様より、私たちこそが苦しまなければならないのに、御身こそが、御身が苦しまれておられます。私たちがこの苦しみに与るように助けてください!」愛は私たちにそれを言わせます。

どうしたらよいでしょうか? 私たちは、ちょうどファチマのシスター・ルチアが言っていたように、マリア様の汚れなき御心をお慰めして、そこに刺さる棘、あるいは剣を抜こうとしなければなりません。お慰めしようとしなければなりません。それが私たちの愛です。

そのために一番効果的なものはなんでしょうか? 私たちも十字架の下に立ちどまって、私たちに与えられる十字架をマリア様と共に、マリア様の御助けでお捧げすることです。マリア様と共に、特にミサ聖祭に与ることです。聖伝のミサ聖祭、十字架のいけにえの再現であるミサ聖祭に、心を合わせて与ることです。そしてそのお恵みを求めてこのミサを捧げましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。