主の御降誕・真夜中のミサ(2024年、大阪)―パンの家
御誕生のイエズス様
主の御降誕・真夜中のミサ(2024年、大阪)―パンの家
2024年12月25日 ブノワ・ワリエ神父
主の御降誕―パンの家、ベトレヘム
親愛なる信者の皆さま、主の御降誕おめでとうございます。
キリストは、ベトレヘムでお生まれになりました。
肉となられた天主を、人間の目が最初に見たのは、その場所でした。
しかし、多くの可能性がある中で、なぜ他の場所ではなく、この場所だったのでしょうか。
もちろん、ベトレヘムはヨゼフとマリアの先祖の故郷であり、「ダヴィドの町」でした。しかし、それだけではなかったのです。
ベトレヘムとは、「パンの家」という意味なのです。
キリストの誕生の地は、すでにご聖体を予告していたのです。
「私に来る者は、もう飢えることがない」(ヨハネ6章35節)
「天から下ったパン」とは、「われらの日用の糧」を意味します。
イエズスの揺りかごは飼い葉桶、卑しい馬小屋にある動物の餌入れだったことに注目してください。
ご托身の初めから、キリストは私たちの中に入って来ようと望んでおられました。私たちの主が地上に来られたのは、パンが私たちを肉体的に満足させ、喜ばせ、強めるように、私たちを霊的にそのようにするためなのです。
以下は、このテーマに関する聖エセルレッドの説教の抜粋です。「『パンの家』であるベトレヘムは聖なる教会である。飼い葉桶は祭壇であり、キリストの被造物、すなわち人間が養われる場所である。実際、そのことを聖書はこう告げている。『あなたは私に食事を整えてくださる』。この飼い葉桶には、秘跡の外観である産着に包まれたイエズスがおられる。この飼い葉桶には、パンとぶどう酒の形態の下に、キリストのまことの御体と御血がある。私たちは、キリストご自身がここにおられると信じているが、キリストは産着に包まれておられる。言い換えれば、キリストは、この秘跡の中に、目に見えない状態で含まれているのである。
私たちには、聖なる祭壇にあるキリストの御体と御血を毎日受けること以上に、また、かつて私たちのために童貞からお生まれになったキリストが、毎日私たちのためにいけにえとして捧げられるのを見ること以上に、キリスト誕生の大いなる証拠、あるいは明確な証拠はないのである。
だから、主の飼い葉桶に急いで行こう。しかし、近づく前に、主の恩寵の助けによって、できる限りの準備をしなければならない。そのあと、天使たちとともに、清い心、善き良心、偽りのない信仰をもって、私たちの全生涯を通じて行うすべてのことにおいて、主に向かってこう歌おう。『いと高きところには天主に栄光あれ、地には善意の人々に平和あれ』。世々にほまれと栄光ある、われらの主イエズス・キリストによって。アーメン」。