幼児のための母親の大きな役割

ソース: FSSPX Japan

2026年1月31日  証聖者聖ヨハネ・ボスコ

トマス 小野田圭志神父説教  北海道(札幌)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

 

愛する兄弟姉妹の皆様、

今日、札幌では大雪が降ったにもかかわらず、こんなにたくさんの皆さんが集まってくれるとは、非常にうれしい喜びです。驚きです。

聖ヨハネ・ボスコ

今日は、聖ヨハネ・ボスコの祝日のミサを捧げています。そこで、聖ヨハネ・ボスコの聖徳の秘密、そのメッセージを一緒に黙想したいと思いますが、今日は特に、聖ヨハネ・ボスコを生み出したお母さん、マンマ・マルゲリータについて考えてみましょう。

聖ヨハネ・ボスコ(通称ドン・ボスコ)は、青少年の教育に関してとても有名な聖人で、サレジオ会を創立された方でもあります。ドン・ボスコは、多くの子供たちを天国に導こうと、全力で子供たちの世話をしました。子供たちに善を望ませて悪をきっぱり防ぐために、本当の愛情と優しさが必要であると教え、自らもそのようにしました。

このドン・ボスコの愛情と優しさは、イエズス・キリストへの愛に由来します。御聖体に対する狂ったような愛と、さらにマリア様に対する深い愛情とがドン・ボスコにはありました。イエズス様への愛・御聖体への愛・マリア様への満ち溢れるほどの愛が、自然に子供たちへの愛になっていったのです!

高潔な愛に満ちたドン・ボスコの姿は、それを目の当たりにしたトリノのオラトリオの少年たちに、ドン・ボスコへの限りない信頼を抱かせました。

では、このような御聖体に対する愛、マリア様に対する愛、子供たちに対する愛は、いったいどこから来たのでしょうか?

それは、自分のお母さん、マンマ・マルゲリータから学んだと言われています。

ドン・ボスコは、1815816日、イタリア北部のベッキという小さな村で生まれました。時代は極めて困難なものでした。この地域はナポレオンの戦争で荒廃し、深刻な干ばつによって食べる物が無く、飢餓に見舞われていました。

ヨハネが生まれてまだたったの二歳だった時、父親が亡くなります。ヨハネには二人の兄がいますが、マルゲリータは三人の子供たちを自分の手で育て上げました。マルゲリータは、2006年に教会によって尊者とされています。

お母さんの影響で、ヨハネは教会へ熱心に通い続け、ミサに与りました。ヨハネの家は、非常に貧しく苦しいものでした。食料の栽培と羊の飼育に奔走する毎日を送っていましたが、もしも貧しい人々が物乞いに来ると、マルゲリータは、食料や住居、衣服といった必要なものを寛大に分け与えていました。聖ヨハネ・ボスコは、子供の頃から、そのような母の信心や愛、そしてマリア様に対する熱烈な信頼を見て育ちました。母親の姿を見ながら、ドン・ボスコは聖人となっていくのです。

母親のおかげで聖人となったのは、ドン・ボスコだけではありません。特に有名なのは、聖ピオ十世やフランスの王聖ルイ九世などですが、ほとんど全ての聖人たちは、お母さんの良い影響により聖徳に達するように育っていったと言っても過言ではないでしょう。

カトリックの母親の役割の重要さ

ピオ十二世教皇様は、お母さんの役割がどれほど大切かということを何度も訴えています。

「全ての女性は、母親となるように創られています。文字通り肉体的な母親、あるいは、もっと霊的で高貴な意味で、しかし現実である母親となることです。創造主は、女性に固有の全てをこの母親となる目的のために秩序付けられました。その体のつくり、さらに女性的な精神、特に女性の繊細な感覚です。」(19451021日、カトリック・アクションの女性の会のリーダーたちへの訓話)

最高の女性とは、聖母マリア様ではないでしょうか?

第二のエワであるマリア様は、私たちの主イエズス・キリストの母親であり、私たち全ての霊的なお母様です。そこで、あるフランスの司教様は、カトリックのお母さんたちをこう褒め称えています。

「私たちの中に、家庭を保存し、家庭に平和と純粋な喜びをみなぎらせ、敬意と尊厳を維持させる使命を受けた人がいます。それがキリスト教の女性です。キリスト教の最も美しい傑作です。女性は頑強ではない被造物で、異教は女性を貶めました。しかしキリスト教は、私たちが跪いてその前に祈って崇敬する比類ない女性、天主の御母、マリア様という最高の女性の典型、全ての聖徳の理想を模範として、女性を道徳的で崇高な美しさに高めました。キリスト教は女性を家庭の懐に置き直し、女性を家庭の基礎とし、名誉の玉座に着けました。たしかに夫の権威のもとには服するものの、女性の手に権威の笏を持たせ、甘美さと優しさとに勇気と献身を合わせて権威を行使するようにさせました。」(Mgr Adolphe Manier, eveque de Belley, Letter pastrale, 1920

母親は人類の教育者

ファラオの残酷な命令から自分の男の子供を救うために、モーゼ(モイゼ)の母親は、樹脂を塗ったかごに子供をいれて、ナイル川の川岸のあしの茂みに置きました。その時、ファラオの娘がこの子を見つけて憐れに思い、モーゼの母親に養育することを依頼しました。

ナイル川よりも険しい人生の大河を子供がひとりで流されるままにするのをよしとせず、子供を守りたいと願うのはカトリックの母親です。また、ファラオの娘はカトリック教会の前兆です。カトリック教会は、カトリックの女性の母親たちに子供の教育を委ねてこう言います。

「この子を連れて行って、私のために育てておくれ。それについて、私は報酬を与えようから」(脱出29

特に、ドン・ボスコのお母さんであるマンマ・マルゲリータの模範にあるように、子供たちの幼年期のため、母親の役割は特別なものがあります。

幼年期の大切さ

有名なイエズス会のフランソワ・シャルモ神父様は、ニューマン枢機卿の言葉を引用しながら次のように言います。

「ニューマン枢機卿は、子供の最初の数年(七年)は、角度の間違いの最初と同じような結果をもたらす。つまり最初にほんの少しでも間違えると、最後には取返しのつかない結果になりえる。」(Esquisse d'une pedagogie familiale, Clovis, 2006, p.30.)

つまり、お母さんに委ねられた幼年期の教育が非常に大切だということを、教皇様を始め、どの枢機卿様も神父様も、教父たちでさえも訴えているということです。

たとえば、聖ヨハネ・クリゾストモは、子供の幼年期の大切さについてこう述べています。

「天主は、最後の審判の時にあなたたちにこう言うでしょう。"最も幼年の時からすぐに私はあなたたちに子供をしつけて指導するように命じていた"と。もしもあなたたちが、子供の反抗を恐れてしつけを怠ったならばあなたたちは何と言い訳をするのでしょうか?この土地がまだ耕しやすかったときにこそ、茨を抜き取るべきでした。まだ極めて幼いために、茨も苦労なく抜き取ることができたし、情念もまだ自由奔放に成長していないのならそれを乗り越えるのもそれほど困難ではなかったはずです。」

お母さんは、特に幼年期の間、子供たちの教育に対する特別な役割を果たすようにと委ねられています。私たちは長い人類の経験から、幼児が気まぐれでしかないということを知っています。幼児は、本能的に簡単に利己主義によって動かされます。ですから、もしも良いことをしたら褒めてあげ、悪いことをすれば「これはいけませんよ」と、その行いが悪であると教えてあげる権威が必要です。こうして、子供は、許されていることとしてはいけないこと、物事の善と悪を区別し、識別するようになっていきます。お母さんの良い教育によって、子供は少しずつ自分のことを忘れて、相手のために愛徳を行うことができるように訓練されていきます。こうやって、子供は利己主義に打ち勝ち、お手伝いをするなど、相手のために何かをすることに喜びを見出すようになります。

「お母さんがこんなに喜んでくれるのだから、自分はどれほどうれしいか。」と。

子供たちは、お父さんとお母さんの仲が良ければ良いほど、一致していれば一致しているほど、安心してすくすくと成長していきます。子供が成長するためには、自分が両親から愛されていることを知り、その愛情を感じ取らなければなりません。ですから、お父さんとお母さんは、子供に愛情を示す必要があります。本当の善を追求し、健全な教育を与え、そして子供が自立することができるように励ましていかなければなりません。また、ピオ十二世教皇様は、どのような子供たちであっても、愛情をふんだんに注ぐようにとお母さんたちを励ましています。

ところで、子供たちに対する間違った愛もあります。たとえば、子供をまるで自分のものであるかのように誤解して、子供を所有しようとしたり、あるいは、自分が子供の頃できなかったことを子供にやらせようとしたり、また、子供と親の役割を取り違えてしまうことによって、自分が憂鬱で不機嫌な時には、子供から励まし癒されることを望むなど、子供から慰めを受けようとしてしまうことです。その他、間違った愛情は様々にありますが、子供を正しく愛するために、お父さんとお母さんは、自然のレベルでも超自然のレベルでも健全な愛を持たなければなりません。

お母さんの本当の愛情の最も大きな印は、子供たちが天主の命を生きることができるように助けてあげることです。超自然の命をますます増加させるように助けてあげることです。では、どのようにして助けることができるでしょうか?

それは、お母さんが子供たちに、手を合わせてお祈りをすることや十字架のしるしをすること、イエズス様とマリア様の御名前を教えてあげたり、そして、イエズス様が、私たちのためにベトレヘムの馬小屋でお生まれくださったことや、私たちへの愛のために十字架上でお亡くなりになったことなど、イエズス様について、たくさんお話しをしながら教えてあげることです。

「女性は、男性にまさって家庭の幸せのためにより大きな貢献をすることができる」と、ピオ十二世教皇様は教えています。

ところが、これに対して女性を破壊しようとするアイデア(思想・イデオロギー)があります。それはフェミニズムです。フェミニズムは、女性の価値は、あたかも外で働いて給料を取ることだけにしかないかのように教えています。だから「女性は外で働いて金を儲けなければならない。それが自己実現だ」と言いふらしています。そうして、お母さんが子供を産み育てるという最も大切な、お母さんに本当の幸せを与えるその喜びを奪い取っています。

そればかりか、フェミニズムは女性を男のようにさせ、父親の姿を消し去ろうとします。その結果、不幸になるのは自分の子供たちです。男の子供たちは自信を無くして弱々しくなり、女の子供たちは、男の子と同じように権威を振るうべきとされますが、それができずに暴力と軽蔑を受けています。お父さんとお母さんも、ますます不幸になっています。

【遷善の決心】

では、最後に遷善の決心を立てましょう。天主は、お父さんとお母さんに一つの権威を与えました。子供たちを天国へ導き聖人にすること、天国を子供たちで満たすという特別の使命を果たすために必要な権威を与えました。お父さんとお母さんは、子供たちの救いと救霊のため、また子供たちに信仰を伝えるために、自分たちに委ねられた権威を、互いに協力しながら正しく使わなければなりません。まず、家長である父親が自分に委ねられた権威を正しく使い、同時に父親としての義務をよく行わなければなりません。しかし、父親だけでは足りません。父親の権威を守るためには、妻の寛大な協力も必要です。

子供たちの救霊と、子供たちにカトリック信仰を伝えるために、カトリックのお母さんの役割はとても重要です。母親は家庭の心であり、マリア様に倣って子供たちに信仰と模範と聖徳を伝えなければならないからです。

またお母さんは、どんなに辛い仕事があったとしても、子供の世話に献身と祈りと犠牲を払ったとしても、いつもその中に心の平和を見出しています。そして、このような素晴らしい母親の姿を見て、夫はどれほどこの良き妻を愛さざるを得なくなることでしょうか。そして天主は、そのような家庭とお母さんの姿を見て、どれほど子供たちとその家庭を祝福せずにはいられないことでしょうか。このような家庭では、子供もすくすくと育ち、聖なる子供たちが育まれ、またその子供たちも、ますます高い望みを、聖徳への望みへと生きることでしょう。

私たちは、聖ヨゼフとマリア様にお祈りいたしましょう。また、聖ヨハネ・ボスコとその母である尊者マンマ・マルゲリータにお祈りいたしましょう。

親となった私たちの兄弟姉妹、そして、親になろうとする私たちの兄弟姉妹が、聖なるお父さんとお母さんたちとなり、聖なる子供たちを育て上げること、将来のヨハネ・ボスコたちを生み出すことができますように、そのお恵みを求めてお祈りいたしましょう。

 

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。