「天使の群れの歌」と「シメオンの預言」の密接な関係

ソース: FSSPX Japan

2024年12月29日 御降誕の大祝日の八日間中の主日 大阪ミサ 説教
トマス小野田圭志神父

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、クリスマスでは、天使たちの大群の喜びの歌を聞きました。
「Gloria in excelsis Deo !」
「天のいと高き所には天主に栄光あれ!」

今日の福音では、シメオンの預言を聞きました。
「この子はさからいのしるしとして立つ人です。」
この二つは非常に密接な関係があると思います。一緒に黙想いたしましょう。

【1:天使たち】
まず第一に、天使たちの歌を聴いてください。
永遠の天主・全能の創造主が人間となってお生まれになったその夜、天の軍勢の大群は高らかに声をあげて、無数の天使たちが天主を讃美しました。
「天のいと高き所には天主に栄光!」

なぜでしょうか…なぜかというと、永遠の昔からの御計画の通り、み旨の通り、天主はついに人間となられました。善い天使たちがその天主の愛の御業を賛美して喜んでそれを礼拝したのは、まったく当然でした。

愛である天主が、人類を愛するがあまり非常にご謙遜にも小さくなられたこの神秘を、祝福しました。

人類の歴史の始まりは、創世記にこう書いてあります。
「はじめに天主は天と地を創られた。」

考えても見てください。唯一の全能の善き天主が、計り知れない愛をもって全宇宙を無から創造されました。すべて、大自然すべては天主に属しています。何億何兆と造られた天使たちも、またこの世の始めからこの世の終わりに至るまでのすべての人間たちも、例外なく、まったく天主の被造物、天主の所有物、天主に属するものです。三位一体の天主は、まことの天主は、すべてをご自分の智恵と愛で統治されておられます。絶対の最高の支配者です。黙示録にはこうあります。「主の主、王の王」(黙示録17:14)、絶対の主権者です。

この偉大な天主さまが、わたしたち人間…つまり主に逆らう罪人であるわたしたちのために、わたしたちの救いのために、人間となられました。かよわき幼子となってお生まれになりました。この偉大な神秘を、天使たちがなぜ賛美しないでいることができたでしょうか。

なぜこれほど幼き赤子になったのでしょうか。それは人類が怖れなく恐怖を感ぜずに、安心して救い主に近づくことができるためです。「さあ、おいで!」と待つことができるためです。

ですから、わたしたちが安心して近づくことができるように、イエズス様はものすごい大宮殿にお生まれになろうとはしませんでした。兵隊も番兵もいりませんでした。

ご自分の家もなく、動物の餌が置かれている飼い葉桶に寝かされました。

‶わたしたちを愛している、私たちを愛するがあまりに人間になった、愛に狂ってしまった″ということを、イエズス様はわたしたちに教えようとしています。‶どれほどの愛を抱いているかということを分からせたい、知らせたい。わたしたちから愛されたい″とだけを、思っていました。

イエズス様は、‶御生涯の苦しみを通して私たちを贖いたい。悪魔の奴隷状態から解放したい。地獄の永遠の死から免れさせたい。天主への愛の火に燃えさせたい。″と思って、その愛を、口のみならず身体で…すべてで表現して、こんなに小さな赤ちゃんになりました。

ですからこのイエズス様を見て、天使たちは、あまりにもその素晴らしさに「いと高き所には天主に栄光あれ!」――これを歌うのです。

天主こそが天主!人間は人間にすぎません! 天主こそが主人であって、人間はその下僕(しもべ)です。わたしたち人間は、被造物に過ぎません。天主こそが主、人間はその下僕(しもべ)です。

ですから幼きイエズス様は、わたしたちにこう招いています。
「いと高き所に天主に栄光あれ!」

公教会はその先ほど歌ったグロリアの続きをこういいます。
「御身は唯一の聖なる御者、唯一の主、唯一のいと高き御者、イエズス・キリスト!」

イエズス様は、生涯の終わりに最後の晩餐でこうわたしたちに教えています…こう祈られました。
「永遠の命とは、唯一のまことの天主であるあなたと、あなたがお遣わしになったイエズス・キリストを知ることにあります。」(ヨハネ17:3) 
これ以外にはありません。

天主さまが造った数多くの天使たちのなかで、残念ながら一部、創造されたその直後天主から離れた天使たちがいます。なぜかというと、これらは、非常に智恵深く最高の力を持って造られたにもかかわらず、真理を認めようとしなかったからです。つまり、天主が人間となる神秘、ご托身の神秘を受け入れることを拒んだのです。そして反乱を起こしました。堕天使になりました。悪魔となってしまいました。善い天使は「いと高き所に栄光!」と言いますが、堕天使は「私は仕えない!」と叫びました。

【2:老シメオン】
これと同じことが、今日、老シメオンの言葉に現われます。シメオンは、聖霊の光に満たされて ‶マリア様に抱かれているイエズス様こそがまことの救い主である″とわかりました。

そして、マリア様からイエズス・キリストを受けて胸に抱きます。‶この子どもこそ、全人類が待ち焦がれていた待望のイスラエルの慰め!救い主! 万民のため全世界のため愛する皆さんとわたしたちのために、永遠の昔から計画されていた救いと憐れみの計画が実現した!なんとありがたいことか!″――イエズス様を抱きます。そして、この神秘を黙想します。

そしてマリア様にこう言います。「この子はイスラエルの多くの人が、あるいは倒れ、あるいは立ち上がるために、さからいの印として立つ人です。」

天使たちだけではありません。わたしたち人間が永遠のしあわせを永遠の命を受けるために…それを受けることができるか否かは、たった一つの条件なのです。それしかありません。イエズス・キリスト愛するか、あるいはイエズス・キリストに逆らうか。これにかかっています。

「いと高き所には天主に栄光!」と何処も彼処でも賛美してそのように生活するか、あるいは、ルチフェルのように「私は従わない!」と拒むか、のどちらかです。

「御身こそは唯一の聖なる御者、唯一の主、唯一のいと高き御者!」と賛美してその通りに主の御言葉を主の教えを実践するか、あるいはこの世の精神に従ってマスコミの言うようにあるいはルチフェルのいうように「俺が一番偉い!」と言うか。そのどちらか、です。

聖パウロは言います。「この天主は、御ひとり子をこの世にお与えになるほどに、この世を愛された。」

聖ヨハネはこう言います。「天主はその御ひとり子をお与えになったほどこの世を愛された。」

聖パウロはこうも言います。「憐れみに富む天主は、わたしたちを愛されたその大きな愛によって、罪のために死んでいた私たちを、キリストとともに生かされた…。」(エフェゾ2:4)

聖トマス・アクィナスはこう言います。「もちろん天主はさまざまな方法で人を救うことができたが、これほどまでに人に愛を示して救う方法はなかった」と。

狂ったほどの愛をもってわたしたちを愛し、そして世を救うために御ひとり子をお与えになったほどのこの天主の愛――わたしたちはこれを信じこれを愛し天使たちとともに「天のいと高き所には天主に栄光!」と歌います。

残念ながらこの愛はすべての人々によって認められたわけではありませんが、知りながらも、あるいは真理を見つつも、預言が成就されそしてまことの救い主であると目の前でわかりつつも、自分をあまりにも愛するがためにイエズス・キリストを拒むような闇の勢力も働いています。

人間のための救い主の誕生を天使たちでさえも喜んだにもかかわらず、自分のためのはずの救い主を人間が拒む、何というおそろしい暗闇でしょうか。

【遷善の決心】
では最後に遷善の決心をたてましょう。今日はぜひシメオンにならって、幼きイエズスさまに近づきましょう。

そして「かつてわたしたちも実は主に逆らってしまっていた。主の愛を信ぜずに主を受け入れなかったことがあった。主の御旨を知っていながらも罪を犯してしまった。自分のやりたいようにすることを選んでしまった。従順を拒んだ。」ということを心から痛悔して、主に近づきましょう。

わたしは裏切り者、忘恩・残酷な者でした…でもイエズス様は、幼子として泣き声を上げながらわたしたちの所に来られました。あたかも鳴き声を聞くと「わたしたち罪人を愛する!」と言って来られたようです。

マリア様にお祈りしましょう。ぜひマリア様が、シメオンになさったように、私たちにもイエズス様をくださりますように。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。