聖ステファノはイエズスにならって敵を赦して殉教した
2025年12月26日 最初の殉教者聖ステファノ
トマス 小野田圭志神父説教 聖母の汚れなき御心聖堂(大阪)
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
今日のこの御ミサは、聖ステファノという助祭のミサをしています。
聖ステファノというのは助祭です。最初に、使徒たちが、仕事があまりにも多かったので、特別の七人の立派な男の人を選んで、それを助祭として定めました。
なぜ助祭が必要かというと、その時、使徒たちはお説教したり宣教したりしたと同時に、困っている人、お腹が空いている人のためにいろいろ食べ物を与えたり奉仕していました。でも、ユダヤ人の中には、ヘブライ語を話す人(ヘレニスト)、ギリシア語を話す人などがいて文句が起こったのです。
「ヘブライ語を話す人の方が、ご飯(料理)の量が多い。ギリシア語の人は少ない」と言って文句が出たので、その時に、使徒たちがこう言って話し合ったのです。
「私たちは、食べ物のことよりも、主のみ言葉のことを宣教しなければならない。
私たちが、天主のみことばをさしおいて食糧を分配するのは、よろしくないと思います。食べ物のことは他の人に任せよう。兄弟たちよ、だから、あなたたちの中から聖霊と知恵にみちて評判のよい七人を選び出しなさい。それらの人々にこのつとめをまかせ、私たちはもっぱら祈りとみことばの宣教に従事しつづけましょう。」
そうやって、助祭というものが七人選ばれました。そのうちの一人が聖ステファノでした。聖ステファノはとっても立派な方で、聖書によると「聖霊と力強さ(剛毅)に満ちていた」と書かれています。
それで、聖ステファノは、貧しい人に食べ物を与えて奉仕したのみならず、知恵に満ち、聖霊に満たされていたので、イエズス様のことをいろんな人に説明しました。特に預言者、昔の預言者から伝わって、特にモーゼが伝え預言したその救い主がイエズス様だということを、聖書を使って証明していました。でも、普通の人はそれを聞いて「なるほど、なるほど。さすがに知恵が深い方だ。おっしゃる通りです。本当に聖書の通りです。あなたは聖霊に満たされています!」と言ったのです。みんな回心して、そして洗礼を受けました。助祭は洗礼も授けました。
天主のみことばはますますひろまり、弟子たちの数は、イェルザレムで非常にふえ、多数の司祭も信仰の道に従いました。
でも、上層部の人たちは、それを認めることがとても難しかったのです。
「仕事が無くなっちゃうんじゃないか?」
「自分はこれからどうして生活していったら良いのだろうか?」
「ユダヤ教をやめて、キリスト教にならなければなくなるんじゃないか?」
ということを恐れて、それを認めようとしませんでした。
「うるさい、だまれ! そんなことを言ってはいけない」とステファノに言ったんです。それでも、聖ステファノは聖霊に満たされて本当のことを言いました。ステファノは、恩寵と力とにみち、人々の中で、不思議といちじるしい奇跡さえおこなっていました。だれも聖ステファノの知恵と、聖ステファノにものをいわせられた霊とにかなわないませんでした。
「いや、でも聖書に書いてある通りです。この預言はこうやって実現しました。これはこうです。これはこうです、これはこうです。」
「頭は固く、心と耳とに割礼を受けぬ人たちよ、あなたたちはたえず聖霊にさからっています。あなたたちは、天使たちの手から律法をうけながら、それを守らなかったのです。」
すると、この人たち、それを聞いている人たちは、聖ステファノのことを非常に憎々しく、苦々しく思いました。この口をどうにかして閉ざしてしまわないと、みんなキリスト教になってしまう。そうして話しているうちに、聖ステファノは、本当に空が、天が開けて、イエズス様が、天主御父の右に立っておられるのを見たのです。「今、天が開けて、人の子が、主イエズス様が、天主の力のその右に立っておられます!」と説明しました。
するとその時、人々は非常に怒って、耳をおおって叫び出し、みな一かたまりになってつき進み、聖ステファノをイェルサレムの町の外に連れて行って、石殺しにしました。石殺しというのは、石を投げて、みんなで投げてその人を殺してしまうことです。そしてその時に、その石殺しにしても良いと言った、証人に立った人がいました。それはサウロという男でした。サウロというのはファリサイ人で、そして、キリスト教をなんとかしてやっつけようと思っていた人でした。
石を受けて、聖ステファノは立っていることができなくなって「主イエズスよ、私の霊をお受けください!」と天主にこいねがい跪きます。そして、このまま倒れてしまうその前に「主よ、彼らにこの罪を負わせないでください。彼らを赦してください」と言って、息を引き取りました。
聖ステファノはまさに、イエズス様のおっしゃった通り、それを実践した方です。
イエズス様は「もしも赦されたいなら、赦さなければならない」と教えました。イエズス様も、十字架につけられた時に、最初におっしゃったのは「父よ、彼らを赦し給え。彼らは自分のしていることを知らないからです」。
イエズス様が私たちに教えてくださったのは、まさにこれでした。「敵をも愛しなさい、赦しなさい」ということです。
今、現代の日本の社会を見ると、多くの人が「倍返しをする」とか「復讐をする」とか「ああ、私はこう言われて非常に傷ついた。恨んでいる。仕返しをする。口を利いてあげない。ふんっ!」
でも、イエズス様の教えは全然違います。イエズス様は「敵をも愛しなさい。あなたを迫害する人のために祈りなさい」――聖ステファノは、その通りにして、そして祝福を受けました。恵みを受けました。どんなに恵みを受けたかというと、聖ステファノを殺害しても良いと言った、その最大の敵であったサウロが回心したのです。回心してパウロとなって、キリスト教の偉大な使徒となりました。
こうやって「人を赦す」ということが、どれほど大きな力を持っているかということを、イエズス様は私たちに教えています。今日、聖ステファノは、私たちに良い模範をしています。ですから、今日は聖ステファノにたくさんお祈りをして、私たちもイエズス様のように人を愛する、人を赦すことができますようにお祈りしましょう。「我らが人に赦すごとく、我らの罪を赦し給え」と。罪が赦されるためにも、その人を赦すことができますようにお祈りいたしましょう。
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。