聖ペトロ会と聖ピオ十世会の違いとは何か(第一部)
聖ペトロ会と聖ピオ十世会の違いとは何か(第一部)
2025年11月19日
聖ピオ十世会ベルギー・オランダ管区
ミッシェル・ド・シヴリー神父(ベネルクス管区長)
聖ピオ十世会総長は、聖年のテーマを司祭と修道者の召命に置きました。この機会に、当管区の司祭たちは、召命の本質と、この天主の呼びかけのしるしについて解説する講話を行いました。聖ピオ十世兄弟会における司祭と修道者の召命について紹介した後、司祭たちは聖ピオ十世兄弟会と友好関係にあるさまざまな修道団体や修道会について言及しました。これにより、信者のあらゆる感性に寄り添う教会の豊かさを、誰もが知ることができたのです。
しかし、いくつかの疑問が浮かび上がりました。「エクレジア・デイ」として知られる伝統的な修道会について議論しないのはなぜなのか。これらの修道会と聖ピオ十世会の違いは何なのか、と。一見すると、両者は似ているように見えるかもしれません。同じミサ、同じ秘跡、同じ修道会ではないか、と。
したがって、これらの修道会と聖ピオ十世会との違いを明確にすることが重要と思われます。外見とは裏腹に、非常に重要で根本的な違いがあり、以下の説明が必要であることが分かります。
1988年6月30日、ルフェーブル大司教はカトリック聖伝の「生き残り作戦」を開始しました。大司教は4人の司教を聖別しましたが、これは教皇の明示的な意思に反するもののように思われました。教皇は大司教に司教職の委任を拒否していましたが、大司教は、教会が直面していた深刻な緊急事態を理由に、この決定を下したのです。
これらの司教聖別はローマ当局から極めて厳しい反発を招きました。1988年7月1日、司教省長官ベルナルダン・ガンタン枢機卿は破門令を公布しました。「モンシニョール・マルセル・ルフェーブルは(…)教皇の委任なく、また教皇の意思に反して、4人の司祭を司教に聖別した」。これが、教会法典第1364条第1項および第1382条に定められた罰則を受けた理由です。
翌日、1988年7月2日、ヨハネ・パウロ二世は自発教令「エクレジア・デイ・アドフリクタ」(1)を公布し、次のように宣言しました。「ラテン典礼の伝統における特定の初期の典礼および規律形式に愛着を感じているすべてのカトリック信者に対し、私はまた、彼らの志を尊重するために必要な措置を講じることで、彼らの教会的交わりを促進するという私の意志を表明したいと思います。この意志は、司教たちと教会において司牧的奉仕職を担うすべての人々にも表明していただきたいと思います」。
こうしてヨハネ・パウロ二世は「エクレジア・デイ」委員会を設立しました。その任務の一つは、トリエント典礼に愛着を持つ司祭たちに教会法上の枠組みを提供することでした。「ラテン典礼の伝統に愛着を感じているすべての人々の内なる心は、1962年規範版に従ったローマ・ミサ典書の使用に関して使徒座が当時与えた指示を広範かつ寛大に適用することにより、あらゆる場所で尊重されなければなりません」。この委員会は、ローマ当局との「教会の交わり」を維持しながら聖伝の典礼を保持することを望むすべての団体を担当しました。
この自発教令の第5番bには、「第二バチカン公会議の教えの広さと深さは、公会議と聖伝の連続性、特にその新しさゆえに教会の一部で未だ十分に理解されていない教理上の点について、その連続性を明らかにするための新たな研究努力を必要とする」と述べられています。したがって、教会の交わりのためには、連続性における刷新という解釈学のテーゼを支持することが必要となったのです。
この使徒的書簡は、聖ピオ十世兄弟会の一部司祭たちにすぐに響き渡りました。彼らは、6月30日の司教聖別という事実により、ルフェーブル大司教の行為を離教的なものとみなしていたのです。これらの司祭たちは1988年7月18日にオートリーヴの修道院に集まり、「聖ペトロ兄弟会」を設立しました。
設立文書からの抜粋を以下に示します。
「本文書により、下記署名聖職者は、1988年5月5日の議定書および1988年7月2日の自発教令『エクレジア・デイ・アドフリクタ』に規定されている例外を考慮に入れて、教会法典(第731条~第746条)の規定に従い、使徒的生活の聖職者団体として聖ペトロ司祭兄弟会を設立した。この団体には修道士も含まれる。
この団体の目的と霊性を規定する憲章は、聖ピオ十世司祭兄弟会の認可された規約に基づき、現状に応じて必要とされる変更を行う権利を自分に留保する」(2)。
したがって、聖ピオ十世兄弟会をモデルとした使徒的生活の聖職者団体を、離教や破門といった悪名を負うことなく設立することを目指しています。司祭たちは、7月2日の自発教令に定められている通り、トリエント典礼に従ってミサを執り行う可能性を保持しています。念のため引用します:「私たちは、ラテン典礼の伝統に縛られていると感じているすべての人々の内なる気持ちを、どこにいても尊重しなければならない。これは、1962年の規範版に従ったローマ・ミサ典書の使用に関して、使徒座がその時代に与えた指示を広く寛大に適用することによって行われる」。
1988年7月22日、エクレジア・デイ委員会は聖ペトロ兄弟会に教皇権の団体の地位を付与しました。これは、同兄弟会が、内部統制と使徒的指導に関するすべての事項について、聖座に直接かつ排他的に責任を負うことを意味します。
この新しい兄弟会の会員にとって、今や課題となるのは、聖ピオ十世兄弟会と区別される教理上の立場を確立することです。これは、ルフェーブル大司教が聖ピオ十世兄弟会の実質的な立場を定めた1974年11月21日の宣言に類似した、いわば指導原則となるでしょう。
この指導原則は、1989年初頭、ヨゼフ・ビジーク神父の指導の下、聖ペトロ兄弟会に所属していた司祭たちが執筆した「共同神学小論集」(4)によって形作られました。その論文のタイトルは「教皇の意に反する司教聖別および(1988年)6月30日にルフェーブル大司教によって授与された聖別への適用」でした。ジャン=ミシェル・グレーズ神父(聖ピオ十世会司祭)は「クーリエ・ド・ローマ」紙上で次のように述べています。「彼らの『小論』の結論である司教聖別を拒絶することは、彼らの目には神学的かつ道徳的な必然であることを表しており、彼らに反対して聖別を正当化するような結論は、彼らにとっては司教に関する非カトリック的かつ離教的な概念に相当するとされるほどです」(5)。
さらにグレーズ神父は次のように結論づけています。「この聖ペトロ兄弟会は、もともと聖ピオ十世兄弟会の会員でありながらも当時彼らが離教とみなしていたものに加わることを望まなかった司祭たちによって設立されました。この聖ピオ十世兄弟会の離教とされるものこそが、彼らの存在理由です。もしこの離教が存在しないことが判明すれば、聖ペトロ兄弟会は、そして離教を避けたいという当初の願望を自らに認めていたエクレジア・デイ運動のすべての共同体と同様に、その存在理由を失うことになります」(5)。
それでは、聖ペトロ兄弟会を聖ピオ十世兄弟会と対立させている、これらの決裂点についてもう少し詳しく見てみましょう。
1988年6月30日の司教聖別に関する判断。
一つ目は、1988年6月30日にルフェーブル大司教によって執り行われた司教聖別に関する判断です。私たちは、必要な緊急事態に基づき、これらの聖別の正当性を認めます。この必要な緊急事態は、カトリック信仰を危うくする公会議後の改革によって教会が深刻な危機に陥っていることに基づいています。ルフェーブル大司教がカトリック信仰と司祭職の継承を保証するために利用できる唯一の手段は、完全にカトリックの司教の司教聖別です。この事実上の緊急事態は、教会法第1323条第4項にも根拠があります。「たとえ相対的なものであっても、重大な恐怖から、あるいは必要に迫られて、あるいは重大な不都合を避けるために、法または戒律に違反した者は、その行為が本質的に悪であるか、あるいは霊魂に有害でない限り、いかなる罰則も科されない」。教会がまさにこのような状況に陥っているからこそ、ルフェーブル大司教は司教聖別を決断せざるを得なかったのです。
「私たちは必要な緊急事態に迫られています。ローマに、尊敬すべきピオ十二世とそのすべての先任者たちの姿勢に立ち返る必要があることを理解してもらうために、あらゆる努力を尽くしてきました。(…)このエキュメニズムとあらゆる誤謬、この団体主義、これらすべては教会の信仰に反し、教会を破壊しています。ですから、私たちは今日この聖別を行うことで、これらの教皇たちの呼びかけに従い、ひいては天主の呼びかけに従うことになると確信しています。なぜなら、天主は教会において私たちの主イエズス・キリストを代表しておられるからです」(6)。
さらに、教皇の同意なしに司教を聖別すること自体が「本質的に悪の行為」または「離教的な行為」ではないと聖ピオ十世会は主張します。法律、および教会法典の構造の観点から、答えは純粋に、そして単純に「否」です。善き牧者会司祭クリストフ・エリー神父は、著書「離教における不法」(7)の中で、このことを次のように実証しています。
「厳密な法的観点から、そして緊急性や重大な恐怖がない場合(教会法第1323条第4項)であっても、教皇の委任なしに司教を聖別することは、教会法典において『教会職務の遂行における違反』(「教会法典」第6巻、教会における制裁、第2部、第3編)に分類され、『宗教と教会の一致に対する違反』(同書、第1編)には含まれません。教会の一致に対する違反は、離教のみを扱っています」。
したがって、教皇の委任なしに聖別を行うことは、それ自体が「離教的」な行為とは決してみなされませんでした。ただそれは規律上の教会法違反とだけみなされてきました。この違反は、教会の一致に対する罪である離教を構成するものではありません。さらに、聖別者であるルフェーブル大司教の意向は極めて明確です。「私たち個人としては、ローマとの断絶をまったく意図していません。私たちは、これまでと変わらずローマと一致したいと考えており、また、これまでと変わらずローマと一致していると確信しています。なぜなら、私たちの神学校、説教、そして私たちと共にあるキリスト信者たちの生活全般において、私たちは、第二バチカン公会議以前、そして20世紀にわたって実践されてきた伝統的な生活を続けているからです。ですから、ローマ自身が20世紀にわたって勧めてきたことを私たちが行っているのに、なぜローマとの関係を断ち切らなければならないのか、私には理解できません。それはありえないことです」(6)。この離教に関する無罪判断は、教皇の委任なしに司教を聖別することと、離教行為そのものを区別するララ枢機卿によっても裏付けられています。「(教皇の委任なしに)司教を聖別する行為は、それ自体が離教行為なのではない」と(9)。
教皇の委任なしに聖別を行うことを離教行為に等しいとみなすためには、叙階の秘蹟の権能に属する聖別行為が、裁治権の付与と必ず結びついていることを前提としなければなりません。しかし、事実はそうではありません。前述のジャン=ミシェル・グレーズ神父は、教皇ピオ十二世の教導職に基づいて、「裁治権の伝達は、叙階の権能の伝達から独立し、分離可能であり、実際、時には分離されている」ことを証明しています。これはすべて、天主に固有な権からの結果、すなわち、教会の教導権が私たちに明示的に知らせたように、啓示によって与えられた知識(啓示の与件)から生じる結果です」(5)と論じています。
別の問題も生じ得ます。それは、1988年6月30日の司教聖別は教皇への不従順に当たるのではないか、です。「(…)被支配者が支配者に全面的に従う義務を負わない場合がある。第一の場合は、より上位の上司の命令による場合(…)第二は、上司が従う必要のない命令を下した場合で、下位者は上司に従う義務を負わない」(10)。聖トマスはここで、見かけ上の不従順の根拠を述べています。これは、正当な権威の命令が共通善に反し、より上位の戒律に反する場合に、被支配者がその命令に従わない場合に当たります。この場合、聖ペトロが教えた「人よりも天主に従うほうがよい」(使徒行録 5:29)という教えが当てはまります。天使的博士(聖トマス・アクィナス)はさらに、「信仰に危険が及んだ場合、下位者は上位者を、たとえ公の場であっても、叱責すべきである」と付け加えています。ペトロに従っていたパウロも、この理由でペトロを叱責しました。この件について、アウグスティヌスの注釈は次のように説明しています。「ペトロ自身が、その模範によって、権威ある者たちが正しい道から逸れた場合には、たとえ下位の者たちからであっても、叱責を受けることを拒んではならないことを示している」(11)。
聖トマスはここで、状況によっては事実上非合法となる合法的な命令について考察しています。したがって問題は次のように単純です。つまり、ルフェーブル大司教が、第二バチカン公会議の誤謬と精神から免れた司教たちを聖別するのを拒否することは合法なのか、です。
もし、公会議の誤謬が実践されているために教会に緊急事態があるということを認めるならば、そのような拒否は正当ではありません。なぜなら、それは教会の共通善に深刻な損害を与えるからであり、教会は霊魂の救いを確保するために、完全にカトリック的な司教たちを備えるべきだからです。さらに、教会法典第1371条第1項は次のように述べています。「使徒座、司教、または長上が正当に命令または禁止を行ったにもかかわらず、これに従わず、警告後も不従順を続ける者は、その事案の重大性に応じて、第2項から第4項で規定されている懲戒、職務の剥奪、その他の罰則に処せられる」。したがって、この法典自体が(「正当に」という言葉を付けることによって)不従順に対する例外を規定しています。すなわち、命令または禁止が正当である場合、つまりそれらが共通善に向けられている場合にのみ、それに逆らうことが違反となるのです。
ゆっくりと静かに道を外れて漂流する
聖ペトロ兄弟会が司教聖別の正当性を認めようとしないのは、現在のローマ当局との完全な交わりを維持し、それによって彼らの影響下に置かれることを意図しているためです。実際、アリストテレスは、人間は本質的に政治的な動物であると教えています(「政治学」第1巻2章)。人間は社会の中で、特に、個人の意志を共通善へと導く権威の指導のもとで、成長し、完成されるのです。つまり、下位者は必然的に、権威を行使する上位者の影響下にあるということです。4世紀のラテン詩人クラウディウスによって広められた格言は、古代人のこの政治的知恵を次のように表現しています。「Regis ad exemplar totus componitur orbis」(世界(臣民)は君主の模範に基づいて形成される)。
この一般的な法則は、残念ながら聖ペトロ兄弟会の教理的指針にも当てはまります。同兄弟会の創設以来、創設者の一人であるヨゼフ・ビジーク神父は、ローマが兄弟会にノブス・オルドの挙行を義務づけた事実を、インタビューの中で次のように語っています。
「1988年7月初旬、ローマで過ごした日々の中で、私が最も驚き、そして喜んだことは、教皇庁の誰も、そのような義務について私たちに言及しなかったことです(…)。その後、一部の司教たちが私たちの司祭たちに新しい典礼での共同司式を要求しようとしたとき、私は同僚たちに、特に聖木曜日には、スルプリ(短い白衣)を着て聖歌隊席でこれらの儀式に参列し、聖体拝領を受けるよう助言しました。ラッツィンガー枢機卿もこの点については私と同意見でした。すなわち、このような聖体拝領は、教会共同体の結束を明確に示すものであり、明らかに新しい典礼の有効性を認める意思の表明である、と(12)。すでに虫は果実に食い込んでいます。新しい典礼による聖体拝領とは、その正統性を公に表明することです。事態は急速に進展します。
1999年6月29日、聖ペトロ兄弟会の16人の司祭たちは、教皇庁「エクレジア・デイ」委員会委員長フェリチ枢機卿に申し立てを行いました。この司祭らは、自分の長上たちの硬直化と典礼のあらゆる進化の拒否、そして共同司式の拒否を非難したのです。1999年7月3日、典礼省長官は「公式回答」(議事録1411/99)13 を発表し、以下の規則を明確にしました。
- 聖ピオ五世の典礼に従ってミサを捧げる「エクレジア・デイ」団体の司祭たちは、新しい典礼によるミサを捧げることができる。また、「前述の司祭たちが、特に教区司教が司式する聖木曜日のミサにおいて、自由に共同司式を行うことは称賛に値する」とされている。
- これらの団体の長上は、新しい典礼によるミサの挙行および共同司式を禁止することはできない。
- これらの団体の司祭たちは、現在の(新しい)ローマ典礼に従う共同体にいる滞在するならば、新しい典礼によるミサを挙行しなければならない。
1999年7月23日、聖ペトロ兄弟会の総長であるビジーク神父と、聖ヴィンセンチオ・フェレール兄弟会の総長であるルイ=マリー・ド・ブリニエール神父は、彼らの団体にとって著しい不都合が生じることを考慮し、聖座に対して「公式回答」の公表を取りやめるよう懇願しました。
2000年7月4日から14日にかけて、ウィグラッツバートで兄弟会の総会が開催されました。2日目、モンシニョール・ペルルは、エクレジア・デイ委員会委員長であり聖職者省長官であるカストリヨン・オヨス枢機卿からの手紙を読み上げました。それまで兄弟会の総長を務めていたビジーク神父には「感謝」の意を伝えられました(訳注:総長をもうしなくても良いという意味)。委員会は、総長の任期を二期(6年を二回)だけに制限すると決定したと明記されていました。ドヴィレール神父が総長に任命され、二校の神学校の校長らは、逸脱行為と「現在の教会に対するある種の反抗精神(訳注:新しいミサを拒否すること)」を理由に解任されました。総会はオヨス枢機卿に上訴し、枢機卿は最終的にトリエント典礼の排他的使用を認めました。しかし、立場は弱体化していました…
2013年10月28日、聖ペトロ兄弟会の25周年を記念して、教皇フランシスコは次のように祝福の言葉を贈りました。「特別形式のローマ典礼と典礼憲章『サクロサンクトゥム・コンチリウム』の指針に従って聖なる秘跡を挙行すること、またカトリック教会のカテキズムに示されている使徒的信仰を伝えることによって、 教会の生ける聖伝に忠実に、第二バチカン公会議のより深い理解と実践に貢献しますように」(15)。「カトリック教会のカテキズム」、「生ける聖伝」、「第二バチカン公会議」、すべてがそこにあります。聖ペトロ兄弟会は、第二バチカン公会議から生まれた改革の理解を深めることに貢献しなければなりません。ついにここにたどり着きました。
2021年7月16日、教皇フランシスコは、司教たちへの付随書簡が添付された「トラディティオーニス・クストーデス」(Traditionis Custodes)と題する自発教令により、 教皇フランシスコは、「聖パウロ六世および聖ヨハネ・パウロ二世が、第二バチカン公会議の決定に従って公布した典礼書(訳注:新しいミサ)が、ローマ典礼の『祈りの法』(lex orandi)の唯一の表現である」(16)と決定しました。
ではこの自発教書を受けて、聖伝の典礼を排他的に使用している団体はどうなるのでしょうか。典礼・秘跡省長官のアーサー・ロッシュ司教は、2021年8月4日付の書簡の中で、聖伝のミサは「教皇聖パウロ六世によって廃止された」と述べています。この文書がすべての秘跡に適用されるかどうかについては、「新しい法は、例外的な限定的な譲歩として以前に与えられていたものを廃止する」ことが明らかであると述べています(17)。
聖ペトロ兄弟会の指導者たちは窮地に追い込まれていると感じ、ついに告白することになりました。こうして、フランスの週刊誌「Famille chrétienne」のウェブサイトは、2021年7月17日に、その場での反応をいくつか掲載しました。
「これは非常に不快で、非常に暴力的な文章です」と、当時、聖ペトロ兄弟会のフランス管区長であったポール=ジョセフ神父は述べています。「この文書は、公会議の拒否について述べていますが、聖ペトロ兄弟会は、第二バチカン公会議を拒否したことは決してありません。私たちにとって、この公会議は根本的な問題を抱えているわけではありませんが、教会の伝統に照らして解釈すべき特定の点について、明確化を求める要求があるだけです。これは、ベネディクト十六世が推奨していることでもあります」(18)。
2021年8月31日、フランス、クルタランにある善き牧者会の本部で、エクレジア・デイ共同体の総長たち、すなわち聖ペトロ兄弟会の総長を含む者たちが、フランスの司教たちに向けて書簡を送りました。
「私たちは、カトリック教理の同意の原則(特に『教会憲章』第25条および『カトリック教会のカテキズム』 第891番および第892番)に従う教会の教導権への支持を改めて表明します。これは、33年間にわたり、私たちの多くが行ってきた数多くの研究や博士論文によって証明されています。過ちがあったのでしょうか。私たちは、すべてのキリスト信者と同様、私たちの会員の中に、言葉遣いの行き過ぎや権威に対する不信感が入り込んだとしたら、そのことをお詫びする用意があります」(19)。
認識と悔い改め、これらの善意だけで十分でしょうか。2021年12月18日、ローマは「ドゥビア」への回答で詳細を明らかにしました。
「質問:自発教令『トラディティオーニス・クストーデス』の規定に従い、第二バチカン公会議の典礼改革以前のローマ典礼書およびローマ司教典礼書を用いて秘跡を執行することは可能か。
回答:否。自発教令『トラディティオーニス・クストーデス』の規定に基づき、1962年版のローマ典礼書を用いて典礼を行う、教会法上設立された属人小教区に限り、教区司教は、ローマ典礼書(1952年最終規範版)のみを使用することを許可することが認められており、第二バチカン公会議の典礼改革以前のローマ司教典礼書を使用することは認められていない」。旧式典礼による典礼の許可は、ローマの直接の管轄事項です。
さらに重要な質問があります。
「1962年版ミサ典礼書(Missale Romanum)の使用許可を得た司祭が、共同司式(特に聖香油のミサにおける共同司式)の有効性と正当性を認めず、これを拒否した場合、その司祭は引き続きこの許可の恩恵を受けることができるか。
回答:否。ただし、1962年ミサ典書の使用許可を取り消す前に、司教は、その司祭と兄弟的な対話を確立し、その態度が典礼改革、第二バチカン公会議および教皇の教導の有効性と正当性を排除するものではないことを確認し、特に聖香油のミサにおける共同司式の意味を理解するよう導くよう努めるべきである」(20)。
したがって、聖伝のミサを挙行するための条件は、新しい典礼様式の正統性を公に表明することであり、その表明が単なる理論上のものではなく実践的なものであることが明らかです。すなわち、新しい典礼様式に従って共同司式を行わなければならないのです!
聖ペトロ兄弟会の当局は、特権を失わないための最後のチャンスをまだ残しています。ペトロの後継者に会うことです。この私的謁見は、2022年2月4日に、教皇フランシスコと、聖ペトロ兄弟会の2人の会員、フランス管区長であるベノワ・ポール=ジョセフ神父、およびヴィグラーツバートの聖ペトロ神学校の校長であるヴァンサン・リブトン神父との間で行われました。この会談を受けて、2022年2月11日付の教令が教皇によって署名されました。
この教令は、聖ペトロ兄弟会にトリエント式典礼によるミサと秘跡を執り行う特権を次のように認めています。
「教皇フランシスコは、1988年7月18日に設立され、聖座により『教皇の権利を有する』と宣言された使徒的生活会『聖ペトロ兄弟会』の会員全員に対し、1962年に施行されていた典礼書の規範版に従って、つまりミサ典書、儀式書、司教儀式書、ローマ聖務日課書にしたがって、ミサの犠牲を捧げ、秘跡およびその他の聖なる儀式を執行し、聖務日課を遂行する権限を、聖ペトロ兄弟会に与える。
彼らは、自らの教会や礼拝堂においてこの権限を行使することができる。その他の場所では、私的なミサの挙行を除き、その場所の司教の同意を得てのみ行使することができる。上記の内容に影響を与えることなく、教皇は、会員が可能な限り自発教令「トラディティオーニス・クストーデス」で定められた事項についても考慮に入れるよう提案する」(21)。
2022年2月23日、この教令を受けて、フランス管区長であるブノワ=ポール・ジョセフ神父は、フランスのカトリックチャンネル「KTO」で次のように述べています。「聖ペトロ兄弟会は、その設立時にこの古い典礼を選択しましたが、現在の典礼の正当性、実り、有効性を決して疑問視したことはありません」と。
これは、以下のオッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿が記した内容とはもはや一致していない、新しいミサに対する教理上の立場における転換点であることは明らかです。
「ノブス・オルド・ミサは、非常に多様な評価の対象となりうる新しい要素が、暗黙のうちに、あるいは暗示的に含まれていると考えると、全体としても細部としても、トリエント公会議第20総会で定式化されたカトリックの聖体礼儀の神学から著しく逸脱している。同公会議は、儀式の「規範」を最終的に確定することで、神秘の完全性を損なう可能性のあるあらゆる異端に対して越えられない障壁を築いた」(23)。
注
1. document disponible sur https://www.vatican.va/content/john-paul-ii/fr/motu_proprio/documents/hf_jp-ii_motu-proprio_02071988_ecclesia-dei.html
2. Extrait du site de la Fraternite Saint-Pierre https://www.fssp.org/fr/acte-de-fondation/
3. Sur le site de la Fraternite Saint Pie X, https://fsspx.news/fr/news/declaration-du-21-novembre-1974-48887
4. https://www.chemere.org/content/files/2023/04/Bisig-sacre-episcopal-OCR.pdf
5. Courrier de Rome n° 655 ? juillet-aout 2022
6. Extrait de l’Homelie de Mgr. Lefebvre du 30 juin 1988, disponible sur la Porte Latine, https://laportelatine.org/formation/crise-eglise/sacres-1988/sacres-1988
7. Non-lieu sur un schisme. Abbe Christophe Hery. 1ere partie, titre 4 : ≪ Le sacre episcopale sans mandat du pape constitue-t-il un ≪ acte schismatique ≫ ?
8. Canon 1387 (CIC 83)
9. Cal Castrillo LARA, president de la Commission Pontificale pour l’Interpretation Authentique du Droit Canonique, La Reppublica, 10 juillet 1988
10. Somme theologique. 1a2ae, question 104, article 5
11. Somme theologique, II-II, q.33, a.4
12. Interview de l’abbe Bisig, Source https://claves.org/les-origines-de-la-fraternite-saint-pierre/
13. Reponse du 3 juillet 1999 du Cardinal Medina, Pour la Congregation du Culte Divin et de la Discipline des Sacrements, cite dans https://www.amdg.asso.fr/ prefet archives/protocole_1411.htm
14. Lettre citee dans https://www.amdg.asso.fr/archives/lettre_cardinal_castrillon.htm
15. Benediction du Pape Francois a l’occasion des 25 ans de la FSSP, cite dans https://www.fssp.org/fr/benediction-du-pape-francois-a-loccasion-des-25-ans-de-la-fssp/
16. Document disponible sur le site du Vatican, https://press.vatican.va/content/salastampa/it/bollettino/pubblico/2021/12/18/0860/01814.html#fr
17. Lettre disponible sur le site du Vatican, https://www.vatican.va/roman_curia/congregations/ccdds/documents/rc_con_ccdds_doc_20211203_lettera-rito-istituzione-catechisti_fr.html
18. Article disponible sur le site, https://www.famillechretienne.fr/36829/article/cest-un-texte-offensant-et-violent-les-tradis-blesses-par-le-motu-proprio-du
19. Document present sur le site, https://www.fssp.fr/2021/09/02/lettre-adressee-aux-eveques-suite-au-motu-proprio/
20. Document disponible sur le site du Vatican, https://www.vatican.va/roman_curia/congregations/ccdds/documents/rc_con_ccdds_doc_20211204_responsa-ad-dubia-tradizionis-custodes_fr.html
21. Document present sur le site, https://www.fssp.fr/2022/02/21/communique-officiel-de-la-fraternite-sacerdotale-saint-pierre-2/
22. https://www.youtube.com/watch?v=xpnxOdMV4Yw