三位一体と霊魂の一致の神秘

ソース: FSSPX Japan

2025年6月15日    三位一体の主日

トマス 小野田圭志神父説教  聖母の汚れなき御心聖堂(大阪)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、

今日は2025615日、三位一体の主日です。7月の堅振の秘跡の準備も兼ねて、三位一体が私たちの霊魂をどのように聖化するのか、三位一体がどのように霊魂と一致するのか、その神秘を黙想いたしましょう。

 

【1:聖霊を通して御子が与えられる】

第一のポイントは「聖霊を通して、御父は御子を私たちに与える」ということです。

天主が私たちに最初になさる親密さは、愛のプレゼントによって行われます。つまり聖霊によってなされます。何故かというと、聖霊は、私たちの霊魂の甘美な客、天主の愛、天主から私たちへの貴重なプレゼント、賜物であるからです。

天主御父は、愛である聖霊を通して、私たちに御子を与えられます。何故かというと、御父は私たちを愛するがゆえに、御子を与えるからです。イエズスはこう言われます。

「天主はおん独子をお与えになるほど、この世を愛された。」(ヨハネ316)と。

では、聖霊はどのようにして御子を与えられたのでしょうか?

それは、聖霊が聖母に働きかけて、です。何故なら、聖霊が聖母に、御父の持つ御子を生み出す力を与えることによって、天主の御子は人間となられたからです。

大天使ガブリエルは聖母にこう言います。

「聖霊があなたにくだり、いと高きものの力のかげがあなたをおおうのです。」(ルカ135

福音を見ると、私たちに御子が与えられる時はいつでも、必ず聖霊を通してそれがなされることが分かります。

たとえば、イエズス様が公生活をはじめようとする時、主は「霊によって荒れ野にみちびかれ」(マテオ41)ました。

また、イエズス様が洗礼を受けると「天がひらけて、聖霊が、鳩のような形をとってその上にくだった」(ルカ322)とあります。

御変容の時にも「光る雲(つまり聖霊)があらわれ」(マテオ175)ました。

十字架のいけにえも、主は聖霊による愛によって捧げられました。何故かというと、聖パウロがこう証言しているからです。

「永遠の聖霊によって、汚れのないご自分を天主(つまり天主御父)にささげられた」(ヘブレオ914)と。

ですから、イエズス様は最初から最後まで、聖霊によって私たちに与えられ、聖霊によって御父のみもとに帰って行かれるのです。

 

【2:御子は私たちを連れて御父に戻る】

では第二のポイントです。御子は聖霊を通して御父のもとに帰るのですけれども、なんのためでしょうか? なぜ、御子が私たちに与えられたのでしょうか? それは「私たちを(御父のもとに)連れていくため」です。

イエズスは、御受難の前夜、御自分のこの世の使命をこのようにまとめて言っています。つまり、イエズス様がこの世に来て御父のもとに行くのは、私たちも、イエズスを通して、イエズスのいる所に、イエズスとともにいるためであると。

主が御父に言われた言葉を引用します。

「私は、あなたがおこなわせようとおぼしめしたわざをなしとげて、この世にあなたの栄光をあらわしました。……私は、あなたのみもとにいきます。聖い父よ、私にくださったあなたのみ名において、私たちが一つであるがごとく、彼らもそうなるようにお守りください。父よ、あなたがお与えくださった人々が、私のいる所に、私とともにいることを望みます。それは、あなたが私にお与えくださった栄光を、彼らに見せるためであります。」

つまり、イエズス様の使命は、私たちがイエズスを通して、イエズスにおいて、イエズスとともにいるため、私たちを御父のもとに連れていくことです。

イエズスがなさったこの使命は、一回だけで終わるものではなく、教会において繰り返されます。いわば愛のサイクルです。

何故かというと、聖霊が聖霊降臨の主日に教会に下られたからです。

聖母の御胎内のみならず、教会に、そして洗礼を受けた私たち全てに、「いと高きものの力のかげ」が影響をおよぼしておられます。それはキリストの本当の教会、カトリック教会において、時代を超え、世の終わりまで、神秘的にイエズス・キリストを生み出すためです。イエズス・キリストの生命の神秘を新たにするためです。

ですから世の終わりに、イエズス・キリストの神秘体である教会は、イエズス様と同じ言葉で祈るでしょう。

「私は、あなたがおこなわせようとおぼしめしたわざをなしとげて、この世にあなたの光栄をあらわしました。私は、あなたがこの世からとり去って私にくださった人々に、み名をあらわしました。私は、あなたのみもとにいきます。私たちが一つであるがごとく、彼らもそうなるようにお守りください。」

また、イエズスがなさったこの使命は、教会だけではなく、私たち個人個人においても繰り返されます。

 

【3:御父は、イエズス・キリストを通してのみ栄光を受ける】

では第三に、そうやって御父のもとに私たちが行くということは、いったいなんのためでしょうか? それは、イエズス・キリストを通して、御父が栄光を受けるためです。

司祭が、カリスのぶどう酒の中に水を一滴入れる時に、このように言います。

「天主は、人間の実体の尊厳を素晴らしく創り給い、またさらに素晴らしく作り直し給う(DEUS, qui humanae substantiae dignitatem mirabiliter condidisti et mira-bilius reformasti)」

その御計画は、ミサの典文の最後の言葉で表されています。

「キリストを通して、キリストと共に、キリストにおいて、全ての誉れと栄光は、聖霊との一致において、世々に至るまで全能の父なる天主、御身のものなり。(Per ipsum, et cum ipso, et in ipso, est tibi Deo Patri Omnipotenti, in unitate Spiritus Sancti, omnis honore et gloria, per omnia saecula saeculorum.)」

これを言い換えると、イエズス・キリストの御托身と贖罪(罪の贖い)の目的、教会の創立・存在の目的、霊魂の聖化の目的、それは、超自然の――自然の秩序を超える天主御父の永遠の誉れと栄光であるということです。

ところで、御父は、イエズス・キリストを通してのみ栄光を受け取られます。ですから、御父に栄光を帰す・栄光を帰そうとする全ての人々は、時においても、永遠においても、イエズス・キリストを通してそうしなければなりません。旧約の義人であれ、新約の聖人であれ、イエズス・キリストを通してのみ天主御父に栄光を帰すことができます。なぜでしょうか? 主はこう言われます。

「なぜなら、私がいないと、あなたたちにはなに一つできないからである。」(ヨハネ155

イエズス・キリストがおられないなら、天主の秩序において価値あることは存在しません。イエズス・キリストなしには、汚れのない清さもなく、自己愛のない清い愛徳も、霊魂の救いもあり得ません。

イエズス様は、ひたすら御父に栄光を帰すことだけを望んでおられました。ある時にはその秘密が外に滑り出て、こう言われたことがあります。

イエズスは、聖霊によって、よろこびに身をふるわせながらこうおおせられた。

「天地の主なる父よ、あなたを賛美します!」(ルカ1021

ですから霊魂は、イエズス・キリストと一つになればなるほど、緊密に一致すればするほど、より大いなる栄光を御父に帰すことができるようになります。

しかし、御父に栄光を帰すのは、イエズス・キリストだけができる事業なので、私たちの霊魂が、できるだけ完全な栄光を御父に帰すためには、どうしても私たちがイエズス・キリストのように変化しなければなりません。

では、どうしたら私たちはイエズス・キリストのように変化できるのでしょうか?

そのためには、聖霊の働きを受けなければなりません。

イエズスはこう言いました。

「まことの礼拝者が、霊と真理とをもっておん父を拝む時がくる。いやもう来ている。おん父は、そういう礼拝者をのぞんでおられる。」

霊と真理とをもって天主御父を礼拝するとは、愛である聖霊との一致において、真理である御子を通して、御父に栄光を帰すこと、またそういう礼拝者です。

私たちの霊魂の聖化(聖となること)の目的は、御父の栄光です。そして、私たちの霊魂の聖化の核心は、私たちがイエズス・キリストとなることです。

聖パウロはこう言っています。

「天主はあらかじめ知っている人々を御子の姿にかたどらせようと予定された。」(ローマ1829)と。

イエズス・キリストは永遠の智恵です。ですから、私たちがイエズス・キリストに変化するためには、上智の賜物が必要です。この上智の賜物は、愛に根付き、愛から輝き出る光です。上智の賜物は、愛徳の結果として生まれるものです。愛徳とは、私たちの霊魂にある聖霊の似姿で、私たちを御子の似姿へと導いてくれます。つまり、私たちは聖霊との一致においてはじめてイエズス・キリストへと変化されるのです。

聖パウロによると、聖霊を受けるとは「養子としての霊を受ける」(ローマ815)ことです。聖トマス・アクィナスはそれを説明して、私たちが聖霊から、御子(永遠の智恵)の似姿(智恵の賜物)を受けるからだと言います。

私たちの霊魂が聖霊との一致においてイエズス・キリストに変化し、イエズス・キリストとともに御父の懐で、栄光のうちに至福(幸せ)を味わう、これが愛の完成、愛による一致の完成です。このために、私たちはこの世に生まれてきました。

ですから、天主の愛が完成に至るには三つの段階があります。

  1. 私たちの霊魂が愛によって聖霊と一つになる。(聖霊の賜物を受ける、聖霊を甘美な客として受けるということ)
  2. そうすることにより、私たちの霊魂がますますイエズス・キリストに変化する。(真のキリスト者になるということ)
  3. 私たちの霊魂が御父の懐で憩う。

私たちの霊魂が、キリストのようになるに従って、ますます御父に栄光を帰し、そしてついには、私たちの霊魂が御父の懐でキリストとともに憩う、永遠の至福を味わうということです。この三つの段階は、同じ一つの天主の愛と生命と至福を、三つの形で表したものです。

 

【4:まとめと遷善の決心】

では、最後にまとめて、遷善の決心を立てましょう。

イエズス様は御父に「かれらを真理において聖別してください」と祈りました。

つまり「私たちを真理において聖なるものとしてください」ということです。

真理とは、イエズス・キリストです。究極の真理とは、イエズス・キリストの教えた三位一体の天主の愛の命の深遠な神秘のことです。つまり、私たちの霊的な生命の始まりに関する神秘と、天国における究極の至福の真理のことです。

ですから、今日私たちが三位一体の祝日を祝いつつ、三位一体の天主の愛の命が私たちの霊魂に輝き出るように、それが反射されるようになること、それこそが私たちの超自然の生命の本質と言わなければなりません。三位一体の天主の愛の生命が霊魂に輝き出ることです。

イエズス・キリストを通さずには、誰も御父のもとに行くことはできません。

ところが、聖霊を通さずには、誰もイエズス・キリストのもとに行くことはできません。

キリストを通して、キリストと共に、キリストにおいて、霊魂は、聖霊との一致において、世々に至るまで、全能の父なる天主に栄光を帰すことができるようになります。

では最後に、この真理を黙想しながらファチマのマリア様にお祈りしましょう。

ファチマのマリア様は、三位一体の神秘をシスター・ルチアに啓示されました。

三位一体 Sr.ルシア

私たちが、この偉大な三位一体の真の天主の御名において洗礼を受けたというお恵みを感謝しましょう。

そしてこの信仰のお恵みを守り通して、三位一体の愛の計画に従って、ついには私たちのために準備された永遠の至福に、三位一体の愛の円居(まどい)に到達することができますように、お祈りいたしましょう。

「私には、天と地との一切の権力が与えられている。だからあなたたちは諸国に弟子をつくりにいき、聖父と聖子と聖霊とのみ名によって洗礼をさずけ、私があなたたちに命じたことをすべて守るように教えよ。私は、世の終わりまで、常にあなたたちとともにいる。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。