七旬節の主日の説教―ねたみ(2025年、大宮)

ソース: FSSPX Japan

ぶどう園の働き人

七旬節の主日の説教―ねたみ(2025年、大宮)

2025年2月16日 ブノワ・ワリエ神父

親愛なる兄弟の皆さま、

同じ会社で働いていて、炎天下の中で同じ仕事をしている二人の人が、一人は12時間働き、もう一人は1時間だけしか働かないのに、同じ給料をもらっていると考えてみてください! 誰でも、これは不公平だと言うでしょう。

さて、これが今日の福音の話です! では、私たちの主が、それをねたみだと言われるのは、どうしてなのでしょうか。

交換的正義と配分的正義

まず第一に、交換的正義と配分的正義には大きな違いがあります。

交換的正義とは、一つの共同体の内部での、個人間の関係を扱います。買い手と売り手の間の契約のようなものです。

配分的正義とは、社会の構成員の間で、資源がどのように公平に配分されるかに関するものです。例えば、壊滅的な台風の後に、政府が村人を救済することです。

政府の役人が、正当な理由もなく、おそらくは賄賂のために、ある市民を他の市民より優遇した場合、これは間違いなく不正であり、罪深いことです。

しかし、民間の会社の社長が、ある従業員を優遇しても、他の従業員との契約に違反していなければ、そこに不正はありません。

このたとえ話を詳しく調べてみましょう

約束された賃金

―聖ヨハネ・クリゾストモスは、こう述べています。「(主人が)1デナリオという与えるべき金額を約束したのは、最初の者(雇われ人)だけであって、他の者たちは、何の明示的な規定なしに、『相当のものを与える』として雇われていることに注意せよ」。

―オリゲネスは、こう述べています。「(主人は)3時の働き人たちに完全な仕事を求めたのではなく、どれだけ働くべきかを彼らの選択に任せた。なぜなら、もし彼らが、まだ発揮したことのないような活動エネルギーをその仕事に注ごうと決めたなら、ぶどう園で朝から働いていた者たちと等しい仕事をすることができたかもしれないからである」。

与えられた賃金

―聖ヨハネ・クリゾストモスは、こう述べています。「(主人は)給料を翌朝(よくあさ)ではなく、夕方に与える」。

不正をしていない

―聖ヨハネ・クリゾストモスは、こう述べています。「(働き人たちは、)自分たちの相当する給料をだまし取られたのではなく、他の者たちが彼らにふさわしい以上の給料を受け取ったと不平を言った。ねたむ者は、他人の成功に、自分が損をしたのと同じような痛みを感じるからである」。

「あなたは私に、1デナリオで約束したではないか」と主人は主張しました。

―聖ヒエロニムスは、こう見ています。「あなたは、私が約束した報酬を受け取った。それ以上のものが欲しいのか。あなたが求めているのは、あなたが、もっと多くもらうことではなく、他の者が、もっと少なくもらうことである。『あなたの分を取って行け』」。

「私が自分のものを私の意のままにするのは、合法ではないのか。私が良いのに、あなたの目が悪いのか」。

―聖グレゴリウスは、こう述べています。「天主の良さに対してつぶやくのは、人間の愚かな不平である」。このため、私たちは正義と慈悲の違いを理解することが必要です。

正義とは、すべての人に、その人にふさわしいものを与えることにあります。

慈悲とは、同情から、ふさわしいもの以上のものを与えることです。

―それについて、聖ヨハネ・クリゾストモスは、正しくこう述べています。「天主は、すべての聖徒に報いを与えることで、ご自分が正義であること示され、われわれ(罪人)に報いを与えることで、ご自分が慈悲深いことを示される」。

放蕩息子のたとえ話の最後にあるように、父親は、忠実な息子を、悔い改めた弟に対して恨みやねたみを持っているとして叱ります。

会社で、自分ではなく新しく雇われた人が昇進する場合、契約に違反していない限り、つぶやかずに、隣人の成功を喜ぶべきです。

社長が自分のお金で望むことをするのは、合法ではありませんか。それとも、社長が良いのに、あなたの目は悪いのでしょうか。

正直に言いましょう。私たちはきっと、このたとえ話について、私たちの主に同意するのは難しいと思います。「難しい話だ、そんな話に耳が貸せようか」(ヨハネ6章60節)。
さて、次回の告解の準備をするときには、自己中心、ねたみ、不平などについて、自分自身を調べましょう。

親愛なる兄弟の皆さま、今日の集祷文の祈りの中に、正義と慈悲についての正しい理解があるのが分かります。「われらは、自分の罪のせいで正しくも苦しんでいる。御名の栄光のために、われらが御慈悲によって救われんことを」。

黒い羊【見失った羊】の救出を喜ぶ天の天使たちが、私たちの石のように固い心を和らげ、隣人の善と成功と幸福を願うようにさせてくださいますように。アーメン。