メキシコ国家の誕生、偉大さ、衰退、そして破滅(1.1.1.)

ソース: FSSPX Japan

メキシコ国家の誕生、偉大さ、衰退、そして破滅(第一巻)
ペトロ・サンチェス・ルイズ
導入:第一章
キリスト教文明とキリスト教世界

キリスト教文明とキリスト教世界

聖にしてカトリックかつ使徒継承のローマ教会は、ギリシャ・ローマの文化と文明の価値観を野蛮人らの侵略から救った。そして教会の指導、影響、インスピレーションのもとで、これまでに存在した中で最も輝かしいキリスト教文明が誕生した。それは、それがさまざまな社会の道徳的、知的、物質的な進歩の間の適切なバランスを最もよく達成した文明であるというだけではなく、何よりもなぜなら、それは人間の永遠の目的を損なうことなく現世における諸目的を達成するように人間を助ける唯一のものだからである。
キリスト教文明は、キリスト教世界(Cristiandad)と呼ばれたこの素晴らしい現実において具体化した。それは、一つの同じ信仰によって結ばれ、教皇制度と帝国という二つの堅固な柱の上に成り立っていた、遠く離れた多様な国々の共同体である。
これら二つの柱の相互の調和と独立性、およびそれぞれの固有の目的に対する主権により、公正で安定した秩序が確保されていた。
区別がひとたびしっかりと確立されると、多様な秩序がいかなる種類の混同もされることなく、自然な価値観の階層、つまりこの世的なはかないものに優越する精神的で永遠的なものの優位性が一致して認識されていた、

中世は、キリスト教社会の最高の輝きを極めた。すべての個人生活、家族生活、社会生活の中心は天主であった。キリスト教社会は、天主を中心とするこの中世において、確かに完璧な社会ではなかったが、しかし、人間的に可能な完全性の充満に達成することを目指して正しい道を歩んでいた。キリスト教世界を異教と野蛮とから切り離していた距離、キリスト教世界が歩んだその距離は印象的であった。

カトリック教会は、その特定の使命、つまり福音を伝えるという神の使命を果たし、人々の文明の働きにおける主要な主体となってきた。この世での幸福を約束して彼らを騙したのではない。むしろ、人生は闘争、試練、そして償いの時であると常に教え、永遠の命で幸福を達成するためには信仰の必要性だけでなく善行の必要性も説いている。教会は福音を伝え、文明化した。これは教会の多産性と教会が達成した偉大な業績を説明している。
教会の影響とインスピレーションの下で、政治的および社会的生活の拠点および核として自治体と組合が誕生した。

非常に多くの賞賛に値する業績の中でも、カトリック教会は子供と青少年の教育と指導において際立っている。さまざまな修道院は書籍が保管され書かれていた場所であったし、すぐにそこから大学(colegios)と総合大学(universidades)が誕生した。修道院はしばしば初等の書き方の学校、農業学校、美術と工芸の学校でもあった。
大きな罪人らもいたが、聖徳は栄えて溢れていた。聖職者と信徒は無数の修道会、修道団体、修道組織の創設と維持に熱心に競い合っていた。それらは天主に栄光を帰し、あらゆる修道会のニーズや人間のあらゆる霊的・物質的悲惨に応えていた。
天主中心主義の中世ほど、主要に教会によって創設され維持された多くの愛徳団体を通じて、人間――特に最も無力な人々――の統合的な向上にこれほど多くの関心が寄せられたことはなかった。
いわゆるヒューマニスト・ルネサンス(人間主義の復興)と呼ばれるものは、キリスト教世界の衰退と最終的な破壊を開始し、条件を逆転させて天主のみに属する場所に人間を据えようとした。