良き牧者イエズス様は私たちのために苦しまれた 私たちが真似て従う事ができる模範を残された
2020年4月26日 御復活後第2主日(良き牧者の主日)
トマス小野田圭志神父 メッセージ
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟の皆さん、今日この世界中のパンデミックにもかかわらず、東京で皆さんのために、皆さんの参加する事のできる公のミサを捧げる事ができて、本当に感謝しています.
この霊魂の医者を必要としているこの時代に、秘跡を与える事ができて、告解の秘跡、御聖体の秘跡、そして祝福を、皆さんの傍に居る事ができ、そして与える事ができて、本当に感謝しています。これはもう奇跡だと思っています。
この色々外出も制限されていて、そして自由にできないようなこの時代に、日本ではまだこのミサが捧げられているというのは、本当に感謝しきれません。
必要としている羊のために、命を捧げた良き牧者であるイエズス様に倣う事ができているような感じがします。非常に不肖であって、とても遠くいる者ですけども、そしてふさわしくない者ですけれども、それでも御恵みによって、イエズス様に倣う者となるために、今このような機会が与えられている事を感謝しています。
今日良き牧者の主日で、イエズス様が、「羊のために自分は命を与える。そして雇人とは違うところは、敵が来ても、困難な事が来ても、決して逃げずに、羊を見捨てずに、羊の近くに居て、羊たちを守る、そのために命をかける、体を張って守る」というイエズス様の福音を読みました。
聖ペトロ、初代教皇様も、イエズス様の代理者、イエズス様の「後継者」ではなく、初代の「代理者」である、聖ペトロも言っています、「イエズス様は、私たちのために苦しまれた。そして私たちに模範を残された。それはなぜかというと、私たちがイエズス様に真似る事ができるために、イエズス様に従う事ができるため、そのためにイエズス様は、模範を残された」。
もしもイエズス様が人間となった、天主の御言葉が人となったのは、それは大地と一致するためではなく、私たちに模範を見せるためです。そして司祭たちに、良き牧者である模範を見せています。
もしも世界中で良い司祭たちが、聖なる司祭たちが、霊魂たちを回心させた、世界を改革した、教会を改革したとしたら、それは唯一、イエズス様に倣ったからです。イエズス様の聖徳に倣ったからです。良き牧者に倣ったからです。そしてますます、イエズス様の言葉をこだまさせたからです。何も変える事なく、イエズス様それ自体の生き写しとなったからです。
ですから司祭は、良き牧者に倣おうとする司祭は、イエズス様の教えを一つも動かしてはなりません。一ミリも動かしてはなりません、一つも、iotaも、一点も、一角も、変えてはいけません。イエズス様のその道を、真理を、命を、そのまま伝えなければなりません。
たとえそれが難しい状況に置かれても、天主様の御恵みと、御助けと、特別の聖寵によって、それを成し遂げなければなりません。そして私たちはそれを成し遂げる事ができるように祈っています。
特に、そのような良い牧者に習う、良き牧者たちが今現代必要です。
多くの若い青少年がイエズス様に倣いますように、イエズス様の御跡を慕って良き牧者となりますように、第二のイエズス・キリストになりますように。
もしもアシジの聖フランシスコが全教会に大きな影響を与えて、教会を改革する事ができたとしたら、教会をまた聖なるものとする事ができたとしたら、そして今でもその影響を与え続けているとしたら、それはアシジの聖フランシスコが、「イエズス様の生き写しだ」と言われたからです。イエズス・キリストのその真似をしたからです。
願わくは多くの青少年が、イエズス・キリストを真似る、そしてイエズス・キリストを真似る良き牧者たちとなりますように、聖なる司祭たちが生まれますように、愛する兄弟の皆さん、お祈り致しましょう。
特にマリア様にお祈り致しましょう。
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。