クリスマスの真夜中のミサの説教―私たちの主の偉大さ(大宮)
主の御降誕
クリスマスの真夜中のミサの説教―私たちの主の偉大さ(大宮)
2025年12月25日 イヴォン・フィルベン神父
クリスマスの真夜中のミサの説教―私たちの主の偉大さ(大宮)
親愛なる信者の皆さま、
今夜は、一年で唯一、真夜中にミサを捧げる夜です。なぜこのような時間帯になっているのでしょうか。それは、クリスマスの神秘に最もふさわしいのが、真夜中だからです。クリスマスは静寂なものです。童貞聖マリアが、苦しむことも叫ぶこともなく、静寂のうちに御子をお生みになったことを、私たちは知っています。私たちの主は、誰にも気づかれずにお生まれになりました。これこそが、クリスマスの美しさと謙遜なのです。
しかし、クリスマスがこのように謙遜なものであるからといって、私たちの主の偉大さを忘れてはなりません。クリスマスの夜の福音には、時には忘れてしまうような側面があります。それは、私たちの主が偉大なお方であるということです。この福音で、聖ルカは、まぐさ桶の謙遜のうちにお生まれになったお方が世界の新しい王であることを、私たちに理解してもらいたいのです。
この説教では、次の点について説明したいと思います。つまり、まぐさ桶の中の新しく生まれた幼子こそが、世界の新しい王だということです。
1)イエズス・キリストの御降誕の歴史的背景
聖ルカは、福音の冒頭で、イエズス・キリストの御降誕の歴史的状況を思い起こすことで、このことを示しています。「そのころ、皇帝アウグストゥスから、全世界の人口調査を命じる詔勅(しょうちょく)が出た」(2章1節)。イエズス・キリストの偉大さを理解するためには、この状況を理解することが非常に重要です。
皇帝アウグストゥスとは何者だったのでしょうか。彼は初代ローマ皇帝でした。本名はアントニウスで、紀元前27年にローマの初代皇帝となりました。私たちの主の御降誕当時、おそらく紀元前6年頃に知られていた世界、つまり、福音で「全世界」と呼ばれている地中海世界は、アウグストゥスの権力の下で統一されていました。そのため、彼は「全世界の人口調査」(2章1節)を行いました。このことは、彼の権力を表すものです。全地は彼のものであり、彼がすべてを自分の権力のもとに置いていたのです。
私たちの主が御降誕になったまさにそのとき、当時知られていた世界が一人の皇帝の権威のもとに統一されていたのは、決して偶然ではありません。天主は歴史の支配者であり、私たちの主の御降誕の年代は偶然のことではなく、天主の知恵によるものなのです。私たちの主イエズス・キリストは、一人の男が皇帝としての権力のもとに地中海域を統一した時代に御降誕になったのです。
2)ローマ教会
このことが、なぜそれほど重要なのでしょうか。まず第一に、この帝国の組織が教会の発展に不可欠なものであったことを、指摘しておかなければなりません。書簡や使徒行録には、使徒たちがアンティオキア、ギリシャ、ローマ、スペインなどを訪れ、彼らが設立した諸教会に手紙を送っていたことが記されています。帝国の統一や、ローマの平和(Pax Romana)、道路や郵便ネットワークがなければ、こういったことはすべて不可能だったことでしょう。ローマ帝国は、ローマ・カトリック教会の揺籃の地、揺りかごであったと言うことができます。私たちの主イエズス・キリストによって創立された唯一の教会は、まさにローマ・カトリック教会です。教会が「ローマ」と呼ばれるのは、私たちの主ご自身の御旨にしたがって、異教のローマ帝国の上に立てられ、この帝国からいくつかの基盤、とりわけ中心としての首都ローマを受け継ぐことになっていたからです。教会がカトリックであり、ローマのものであるという事実は、天主の御計画の一部であり、歴史の偶然でも、私たちがなしで済ませることもできたラテン西方特有のものでもないのです。
親愛なる信者の皆さま、ローマ教会を愛し、ローマを愛しましょう。ローマの現体制が総じて私たちをあまり好ましく思っていないとしても、彼らが私たちを失望させ、時につまずかせるとしても、ローマ、ローマ的なこと、つまり教会の中心はローマであり、教会はローマ帝国の基盤の上に立てられたという事実に、私たちが大変な驚きと不思議を感じてしまうことを、忘れてはなりません。もちろん、教会には純粋にラテン語だけがあるのではありません。ギリシャ語、コプト語、シリア語もあります。使徒たちはラテン語以外の言語や文化による典礼を残しましたが、教会はローマ的であり、ローマ的でしかあり得ません。このローマとのつながりがなければ、もはや私たちの主イエズス・キリストの教会ではありません。しかし、ローマは今日(こんにち)のローマであるだけでなく、全時代のローマ、第二バチカン公会議以前のすべての公会議とすべての教皇のローマでもあることを忘れないようにしましょう。ローマ当局には、自らを全時代のローマから解放する力はありません。よく言われることとは反対に、聖ピオ十世会はローマを愛し、ローマに仕えているのです。
3)私たちの主、王たるキリストに捧げられた玉座
このことは、私たちの主イエズス・キリストの偉大さを、さらに深く理解するのに役立ちます。ローマ帝国全体は、キリストのため、そしてキリストの教会に仕えるためにつくられました。ローマ皇帝は、その玉座を徐々に、聖ペトロとその後継者たちに譲り渡しました。ローマ帝国は教会に仕え、教会を建設するための基盤を提供しました。そして、この建設が完成すると、帝国は蛮族の圧力によって滅亡しました。ローマ帝国は、中華帝国ほど長くは続きませんでした。なぜなら、その使命は、私たちの主が聖ペトロとその後継者たちの上に創立された、目に見える教会の繭となることだったからです。
皇帝アウグストゥスはそのことを知りませんでしたが、彼が自らの帝国を立てたのは、私たちの主イエズス・キリストに捧げるためだったのです。この帝国の本当の支配者は、自分のことを「全地」の人口調査を行うほどの権力があると信じていた皇帝ではなく、ベトレヘムで、知られることなく、人目につかないままお生まれになった幼子だったのです。
この幼子は、王たる幼子です。このローマ帝国は、その大理石、その神殿、その権力とともに、このすべては彼のものであり、このすべては彼の教会の目に見える基盤の揺籃の地、揺りかごであり、彼のためのものなのです。
しかし、私たちは、さらに先へ進むことができます。ローマ帝国の背後には、単なる世界の一部であること以上のものがあります。この帝国は、全世界を象徴しているのです。まぐさ桶の中の幼子は、世界の王、王たるキリストなのですから。
親愛なる信者の皆さま、「今日、私はあなたを生んだ」とミサの入祭唱は唱えます。これは、三位一体のうちに御父が御言葉を永遠に生み続けておられることを思い起こさせます。ベトレヘムの厩(うまや)でお生まれになったお方は、聖三位一体のうちに御父から永遠に生まれておられるお方です。彼は御父と同じく天主であり、御父と聖霊と共に世界を創造されたお方です。ですから、この幼子がローマ帝国をも所有し、御自分の計画に従ってそれを用いるのは当然のことです。彼が天主である以上、すべては彼のものなのです。
クリスマスは、このように、最も偉大な力と最も謙遜な御降誕とを対比させるものです。偉大さは謙遜のうちに与えられます。この偉大なる神秘について、静寂のうちに黙想しましょう。これを、私たちがこれから遭遇するであろう、さまざまな屈辱に耐えるための模範としましょう。