クリスマスの本当の意味とは何か?
クリスマスについてお話ししてほしいと頼まれ、聖ピオ十世会の司祭が、2023年12月14日千葉県の障がい者の団体の方々にお話をしたことがあります。その時の内容をご紹介いたします。
愛する兄弟姉妹の皆様、
お招きを感謝します。
自己紹介をいたします。トマス小野田神父、カトリック教会の神父です。
今日は「クリスマスとは何か」ということをお話ししてほしいと頼まれました。
クリスマスとは一体何でしょうか?
クリスマスというと、クリスマスツリー、クリスマスプレゼント、サンタクロースなどを連想する方々が多いと思います。たしかにそうですが、それでは核心を逃しています。
ある人は、プレセピオという言葉を思いつくかもしれません。
プレセピオとは、イエズス・キリストのお誕生の様子を人形で再現したものです。ヨーロッパでは、普通クリスマスが近づくと町のあちこち、一般家庭で見かけます。
プレセピオはそもそも、飼葉桶という意味です。ベトレヘムの馬小屋で幼子イエズス・キリストがお生まれになって、飼葉桶を揺りかご代わりに使ったので、「キリストがお生まれになったシーン」をかたどった模型が、プレセピオ(つまり飼葉桶)と言われています。
クリスマスの中心は、いまから約2023年に、ユダヤのベトレヘムというところでお生まれになったイエズス・キリストのお誕生日を祝うことです。
では、イエズス・キリストとは誰なのでしょうか?
なぜキリストのお誕生を祝うのでしょうか?
なぜクリスマスツリーが飾られるのでしょうか?
なぜクリスマスプレゼントがあるのでしょうか?
イエズス・キリストとは誰なのか
聖書には、
キリストの生まれる前に書かれた旧約聖書(古い契約についての聖なる本)と
キリストの生まれた後に書かれた新約聖書(新しい契約についての聖なる本)との二つの部分に分かれています。
旧約聖書は、この世が作られた(創造された)最初の人間であるアダムとエワのことから始まって、救い主(【ヘブライ語で】メシア、【ギリシア語で】キリスト)についての預言が書かれています。紀元前2000年の人であるアブラハムの子孫から救い主が生まれてくる、などいろいろな預言者によって、さまざまな時代に、いろいろなやり方で、いつどこでどのようにメシアが来られるのか、メシアはどのような方で、何をするのか、など詳しく預言されてきました。
その全ての旧約聖書の預言が、イエズス・キリストにおいてすべてピタリ、ピタリと成就していきます。
【お生まれになった時代】
いまから2023年前、西暦前の時代の最後の何年かは、地中海の周囲を統治していたローマ帝国は平和でした。
ローマでは「アウグストゥスの平和の祭壇」の着工が、紀元前9年に始まりました。
ヤヌスという戦争の神にささげられた神殿の門は、戦争の間、常に門を開いていました。アウグストゥス以前のローマの全歴史で閉じられたことはただの二回だけでした。この扉が紀元前8年、三度目にローマの皇帝アウグストゥスによって閉じられました。
【イエズス・キリストの母親:聖マリア】
そんな時、西暦前6年ごろのことです。北パレスチナのガリラヤにナザレトという村にマリアという15才になるかならないかの若い女性が住んでいました。ナザレトはエルサレムから北に140キロ離れたところにあります。当時は小さな寒村でした。
マリアはダヴィド家という昔からの由緒ある王家の家柄の子孫で、やはりダヴィド家のヨゼフという男性といいなずけでした。家柄は立派ですが、財産もなく、社会的な地位もありませんでした。
このナザレトのマリアのもとに、天主から大天使ガブリエルが遣わされました。
天使はマリアのところに来て、「あなたに挨拶します、恩寵にみちたお方!主はあなたとともにおいでになります。あなたは女の中で祝福された方です」といったのです。
マリアはこれをきいて心乱れ、これはなんの挨拶だろうと考えていると、天使は、「おそれるな、マリア!あなたは天主のみ前に恩寵を得たのです。あなたはみごもって子を生むでしょう。その子をイエズスと名づけなさい。それは偉大な方で、いと高きものの子といわれます。また、かれは、主なる天主によって父ダヴィドの王座を与えられ、永遠にヤコブの家をおさめ、その国は終ることがありません」というのです。
「イエズス」とは、「ヤーヴェが救った」という意味の名前です。生まれるべき子供の役割は「天主なるヤーヴェからの救いが行われる」ことです。つまり天使はマリアに向かって、生まれるべきメシア(救い主)の母となることを告げたのです。
そこでマリアは「私は男を知らないのですが、どうしてそんなことになるのですか?」と聞きます。
この意味は「私は童貞を貫いて自分を天主に捧げる決心をしています。夫となるはずの正しい人ヨゼフも私の童貞の誓いを知っていて、それを守ってくれると約束しています。どうして私はみごもって子供を生むことになるのですか?」
天使は、「聖霊があなたにくだり、いと高きものの力のかげがあなたをおおうのです。ですから、生まれるみ子は聖なるお方で、天主の子といわれます。あなたの親族のエリザベトも、老人ながらみごもったではありませんか。うまずめといわれた人なのに、もう六ケ月目です。天主には、おできにならないことはありません」と答えました。天使の申し込みははっきりしていました。
マリアは言い返しませんでした。「私は主のはしためです。あなたのおことばのとおりになりますように!」と答えた。
マリアが「はい」と答えた瞬間、天主は人間となって、マリアの胎内に宿ったのです。
【預言されていた救い主】
すでに700年まえに、預言者イザヤは「みよ、童貞女が身ごもり、一人の子を産み、それをエンマヌエルと呼ぶだろう」(旧約聖書のイザヤの預言書7:14)と預言していました。エンマヌエルとは、天主は私たちとともに、という意味です。これは聖母マリア様において成就しました。イエズス・キリストは本性による天主の御一人子ですから、まさにエンマヌエル(天主は私たちとともに)です。
イザヤの預言によると「イェッセ(ダヴィド王の父親)の株から新芽が出、その根からひこばえが芽生え、その上に主の霊が宿る」(11:1)ともあります。ところでイエズス・キリストはダヴィドの子孫です。
【イエズス・キリストの養父:聖ヨゼフ】
マリアの配偶者ヨゼフは、妻マリアの超自然的な妊娠について予め知らされてはいませんでした。「夫のヨゼフは正しい人だったので、彼女を公にはずかしめようとはせず、ひそかに離別しようと決心した。」ヨゼフは正しい人だったので、マリアに責任がないこと、マリアが無罪であることを知っていました。公けに傷つけることを潔しとしませんでした。ヨゼフはマリアが童貞女であることを知っていたので、不可解な出来事におどろき、戸惑ったのです。
「かれがこうしたことを考えていたとき、突然、夢の中に主の天使があらわれて、こういった。"ダヴィドの子ヨゼフよ、ためらわずに、マリアをあなたの妻としてむかえよ。マリアは、聖霊によってみごもっている。かの女は子を生むから、あなたは、その子をイエズスと名づけよ。なぜなら、かれは、み民をその罪から救うお方だからである。"」
【イエズス・キリストの誕生】
そのような時、ローマは平和を楽しみ、全帝国に人口調査を命じました。クィリヌスの時に行わせた人口調査のときに、人々は出生地に市民として名を届けに行かなければならなくなりました。ヨゼフとその一家は、ベトレヘムから出たダヴィド家に属していました。ヨゼフにはベトレヘムの登記所の役人のところに行く義務がありました。
「そのころチェザル・アウグストから、全世界の人口調査を命じる詔勅が出た。この人口調査は、クィリノがシリア総督だった時におこなった調査の前のことだった。人々はみな、名をとどけるために各自の故郷に帰っていった。」
ベトレヘムは、エルサレムの南方90キロ、海抜770メートルの地に位置しています。元の名前はベト・ラハム Beth-Lahamu ラハム神の家、と言いました。そののちにベト・レヘム Beth-lehem パンの家というヘブライ語の意味に解釈されるようになりました。ベトレヘムはエフラタとも呼ばれていました。エフラタの家族が住みついたからです。イェッセ(イザイ)の枝からでたダヴィドはベトレヘムに生まれました。
何世紀も前に、預言者ミカヤは「小さいベトレヘム」のことを、イスラエルの上に君臨するものの生まれる場所(出生地)であると予言し指定していました。
マリアは妊娠9カ月でした。ヨゼフとマリアは二人で、ナザレトからベトレヘムまで、150キロほどの道のり、三、四泊の旅をしました。道はラクダとロバの隊商が歩けるのがせいぜいの悪路でした。
人口調査の騒ぎで、その道はいつもよりも人通りが多くなっていたでしょう。
若い夫婦は、せいぜいロバを一頭連れていただけだったでしょう。
旅行中の宿泊は友人の家か、公共宿泊所で、他の旅人とともにラクダの間に寝たことでしょう。
ベトレヘムに着くと、状態はさらに悪化しました。小さなこの村では、隊商の宿泊所をはじめとして、泊まれるところはどこも満員になっていました。当時の宿泊所とは、今のパレスチナでいうカン(Khan)で、屋根のない、たいして広くもない、囲いのある場所でした。囲いは少し高い壁で、入り口は一つしかありませんでした。中には、囲いの一方か二方に、身を寄せる屋根付きの廊下があるだけです。これが「旅館」と呼ばれるものでした。動物は露天の下に集めて、人間は廊下のところか、大部屋にぎっしり集まるか、さもなければ、動物と一緒に横になりました。今の私たちの粗末な宿屋にさえ程遠いものでした。
ベトレヘムには、一夜の宿を頼める知人がヨゼフにはいたに違いありません。しかし、出産が近くて人の目を避けたいマリアにとって、何もかも共同にして何一つはばかるところがないような場所はふさわしくありませんでした。
【キリストは馬草桶におかれた】
ベトレヘムにいる間に「マリアは、産期みちて、初子を生んだので、布につつんで、まぐさおけに子を横たえた。それは、旅館に部屋がなかったからである。」
「馬草桶」(プレセピオ)に子を横たえたとありますが、当時の習慣を考えると馬草桶は牛小屋にあって、牛小屋はたいていは村のはずれの丘の斜面に掘った洞穴に作られていました。
若い夫婦が目をとめたこの牛小屋は、一部動物に占められて、堆肥(たいひ)で臭く汚れていたことでしょう。しかし、人目もさけられるし、静かだったでしょう。
二人はベトレヘムについてから、人口調査の届を出すと同時に、間近にせまった出産を待つために、この洞穴に身を休めました。ヨゼフは、比較的に汚れていない片隅を片付けて、そこにきれいな藁を敷いて、それを馬草桶に置いたに違いありません。それが全てでした。
イエズス・キリストが洞穴で生まれ、馬草桶におかれた理由は、人目をはばかったこと、貧しかったこと、その二つの理由のためでした。
古来から、パレスチナの人々はこの洞穴について、信仰のない人でもよく知られている洞穴と馬草桶があることを伝えています。2世紀のパレスチナ生まれの殉教者ユスティヌス、3世紀初頭のオリゲネスなど。この伝えに基づいて、ローマ皇帝コンスタンチヌスは、325年にその洞穴の上に壮大な大聖堂を建築するように命じました。
洞穴で、イエズス・キリストを生んだマリアは「布につつんで、まぐさおけに子を横たえた。」マリアの出産は、一人でなされました。自分の手で生まれたばかりの赤子をとって馬草桶に寝かせました。産婆もなく、助産婦もなく、マリア自身が子供を布で包み、マリアが産婦であり産婆でした。
【キリストの王国】
マリアは、「それは偉大な方で、いと高きものの子といわれます。また、かれは、主なる天主によって父ダヴィドの王座を与えられ、永遠にヤコブの家をおさめ、その国は終ることがありません」と天使によって予告された子供を生みます。
王座継承者の謁見の間は、馬小屋。王座はまぐさ桶。天蓋は、天上の蜘蛛の巣、香の代わりに堆肥。家もない二人が侍従の代わり。
この子供の国は、当時の他の国とはまったく異なることを予告していました。
牛小屋にいる三人のうち、一人は童貞女、一人は清貧、一人は謙遜と清さと純粋さと正直さを代表していました。
ベトレヘムから9キロはなれたところにはヘロデ大王がいて黄金の宮廷がありました。そこには童貞性の尊さを知る人もなく、貧しさは軽蔑され、謙遜と清さはないばかりか、子供を殺す親、姦通、近親相姦、男色がありました。
キリストの宮廷とヘロデ大王の宮廷との対照は、道徳的には、堆肥と黄金との差よりももっとかけ離れていました。
天使が「それは偉大な方で、いと高きものの子といわれます」と言った通り、天のいと高き方である天主の侍従たち(つまり天使たち)からの尊敬を受けました。
排斥されていた身分の低い羊飼いたちは、この侍従たち(天使たち)によって、新しい国の宮廷に招待されました。
「その地方に野宿して、夜、羊の群れを番する羊飼いたちがいたが、主の栄光があたりをてらし、主の天使が近くにあらわれたので、かれらは大いにおそれた。すると、天使は「おそれることはない。全ての人々のための大きなよろこびの知らせを、あなたたちに告げよう。今日、ダヴィドの町で、あなたたちのために、救い主がお生まれになった。すなわち、主キリストである。あなたたちは、布につつまれてまぐさおけに寝かせてあるみどり子を見るだろうが、それがしるしである」といった。するとたちまち、天の軍勢の大群が天使に加わり、「いと高き所には天主に栄光、地には善意の人々に平和」と天主を賛美した。」
羊飼いたちの訪れが夜であったなら、イエズス・キリストが生まれたのも夜でした。
「いと高き所には天主に栄光、地には善意の人々に平和」
人類の歴史の時計にとっては数秒にすぎないわずか数年の平和のとき、嵐の中の一時的な凪のようなわずかな時を利用して救い主キリストは人間の中に下ったのです。その始まりとして、天使たちに平和を告げさせました。しかし、キリストのいう平和は、新しい意味と新しい条件がついていました。
主キリストの新しい平和は、天主の御旨(あるいは愛)に従う平和でした。
正しい行為で、天主の愛にふさわしいものとなろうとする人だけが新しい平和を受けるのです。このような人々は「平和を作る人」で、「幸いなるかな」と宣言されます。
天使の素晴らしい出現と言葉によって、羊飼いたちはメシアの誕生のことを知りました。
彼らは、イスラエルの民として、預言者たちがこの国にメシアを約束したことを知っていました。
「天使たちが天に去ると、羊飼いたちは、「では、ベトレヘムに行って、主がお示しになったそのできごとを見よう」と相談し、急いで、マリアとヨゼフと、まぐさおけにおかれたみどり子とを見に行った。」
メシアが自分たちと同じような状態にあると聞かされた彼らは、急いで、すぐに洞穴へと走りました。もしもメシアがヘロデの宮廷で生まれたと知ったら、行こうとはしなかったかもしれません。
彼らは洞穴につきます。マリアとヨゼフと幼子は、そこにいました。彼らは感動します。心を揺り動かされます。天使たちが言った通りです。彼らには心がありました。彼らはこの子を礼拝して、羊の群れのところに帰っていきます。天主をたたえ、賛美し、近所の人々に起こった出来事を知らせたい、それだけを切に望んでいました。
「羊飼いたちは、天使が話したとおりのことを見聞きしたので、天主をあがめ、たたえつつ帰って行った。」
「みどりごを見ると、かれらは、この子について天使が話したことを知らせたので、それを聞いた人々はみな、羊飼いの話を不思議に思った。」
福音史家聖ルカは、この羊飼いの話を誰から聞いたかを暗示させています。「マリアは注意深くそのことを心にとどめて考えつづけた。」
生まれたばかりのメシアのそばに来たのは、天使と、ユダヤ人たちとしては、卑しい荒れ野の羊飼いと、町の二人の老人(シメオンとアンナ)でした。異邦人としては、東の国の博士たちがメシアを拝みにやってきました。この博士たちは、東の国で星を見たのです。その星は「ユダヤ人の王」の星であると知ったので、礼拝しようと東の国を旅立ちました。ガスパル、メルキヨル、バルタザルという三人の博士たちであったと言われています。
「イエズスは、へロデ王のとき、ユダヤのベトレヘムでお生まれになった。そのころ、東の国の博士たちが、イエルザレムに来て、「お生まれになったユダヤの王さまはどこにおいでになるのか。われわれは、その星がのぼるのを見たので、おがみにきた」とたずねた。これを知ったヘロデ王はひどくうろたえた。イエルザレムの人々とても同じことだった。そこで、ヘロデ王は、司祭長たちと民間の律法学士たちをみな呼んで、キリストはどこに生まれるはずなのかとたずねた。かれらは、「預言者が次のように書いていますから、ユダヤのベトレヘムに生まれるはずであります。"ユダの地ベトレヘム、おまえはユダの村々のなかで、もっとも小さなものではない。なぜなら、わが民イスラエルを牧するかしらが出るからである"とあります」と答えた。
それからへロデは、ひそかに博士たちをよび、星のあらわれた時のことをくわしく聞きただしてから、「行って、こまかに子どものことをたずね、見つけたら私に知らせてくれ。私も行ってその子をおがもう」といって、かれらをベトレヘムにおくった。かれらがヘロデ王のことばにおくられて出発すると、何と、前にのぼるのを見たその星が先に立って、子どものおいでになる所の上にとどまった。星をみて大いによろこんだかれらは、その家にはいって、子どもが母のマリアといっしょにおいでになるのを見た。そこでかれらはひれ伏して礼拝し、宝箱を開いて、黄金と乳香と没薬とのみやげものを献上した。そののち夢の中で、へロデのところに帰ってはならないとお告げをうけたので、ほかの道をとって故国に去っていった。」
【プレセピオ】
皆さんがプレセピオの飾りをみると、
幼子イエズス・キリスト、聖母マリア、聖ヨゼフ、牛小屋の動物たち、
羊飼いたち、羊たち、贈り物をもった三人の東の国の博士たち、を見ることができます。
クリスマスには、天主が人となって私たちのあいだにお生まれになったメシアであるイエズス・キリストの誕生を祝っています。何故なら、アダムとエワの時から人類が待ちに待っていた救い主だったからです。
【なぜクリスマスツリーが飾られるのか?】
むかしヨーロッパでは、聖劇と言って、アダムとエワからキリストのお誕生までの人類の歴史を劇をしていました。アダムとエワが、食べてはならないという「善と悪の知識の木」の実を食べて罪を犯してしまうのですが、その木が聖劇のなかにありました。聖劇は、行わなくなっても、その時に使われた木はそのまま残り、クリスマスツリーになりました。
【なぜクリスマスプレゼントがあるのか?】
天主が人間に救い主をプレゼントしてくださったからです。
東の国の博士たちも、幼子イエズス・キリストに贈り物をしました。
私たちも贈り物をします。
私も今日は皆さまに贈り物を持ってきました。
不思議のメダイと、ロザリオです。
ご希望の方に差し上げます。
ご清聴ありがとうございました。