堅振の秘蹟について:執行者、質料、効果

ソース: FSSPX Japan

堅振式:司教様の按手

2025年7月13日  聖霊降臨後第五主日(8時30分ミサ)

トマス 小野田圭志神父説教  日本の聖なる殉教者聖堂(大宮)

 

聖父と聖子と聖霊との御名によって、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、

今日は特別にデ・ガラレタ司教様がはるばるスイスからお越しになって、私たちのために堅振の秘蹟を捧げてくださいます。昨日大阪では22名の方が堅振を受けました。ここでは15名の方が堅振の秘蹟を受ける予定です。ですから堅振の秘蹟について一緒に黙想しましょう。

今日黙想したいのは、堅振の秘蹟を誰が行うのか、また、堅振の秘蹟に必要な質料は何か、何を使わなければならないのか、有効なためには何が必要なのか、またそれから最後に堅振の効果について考えて黙想いたしましょう。

 

【1:堅振の執行者:司教】

使徒行録を見てください。堅振の秘蹟と洗礼の秘跡の間には、はっきりとした区別があります。別なものだということがわかります。たとえば、洗礼は助祭のフィリッポでも授けることができました。しかし、堅振は使徒たちが授けていました。

使徒行録から少し引用します。「サマリアの町にくだったフィリッポは、そこでキリストを宣教した。人々は心を一つにして、その宣教をききいれた。()天主の国と、イエズス・キリストのみ名とをのべ伝えるフィリッポのことばを信じた男女は、洗礼をうけた。()さて、イェルザレムにいた使徒たちは、サマリアが天主のみことばをうけいれたと聞いて、ペトロとヨハネとを送った。かれらはサマリアにくだって、人々が聖霊をうけるようにと祈った。その人々は、主イエズスのみ名によって洗礼をうけていただけで、まだそのうちの一人にも、聖霊はくだっていなかったのである。二人が ペトロとヨハネが かれらに按手すると、聖霊がくだった。」(使徒行録85-17

これを見ると堅振の執行者、堅振を行うものは、使徒つまり司教であることがわかります。カトリック教会の司教たちは使徒たちの後継者であって、大司祭であって、新しく生まれた信者を完成させることができる大司祭です。なぜかというと司教たちは、戦闘の教会の指揮官であるからです。

この堅振の秘蹟を授けるために司教様が必要だということは、堅振の秘蹟がどれほど重要であるかということを、雄弁に物語っています。

たしかに、非常に特別な場合には、特別な委任によって――教皇だけがこの委任をすることができますが――司教が行くのがどうしても難しい場合には、たとえばあまりにもテリトリーが広くてあまりにも遠くて、危険な場所で、離れており、大きな島小さな島にもいかなければならない、山を越えて谷を越えて、ジャングルの中に行かなければならない、あるいは司教様が病気だ、どうしてもこの秘蹟を行うことが難しいという場合には、司祭が教皇様の許可を得て、その司祭に代わりにやってもらうことができます。

東方典礼カトリック教会では、洗礼ののちにすぐに堅振を授ける委任をどの司祭でも一般的に受けていますが、西方教会ではその慣習はありません。使徒たちからの伝統を私達西方教会はそのまま行っています。誰が堅振を行うか、それは司教です。

 

【2:堅振の質料:オリーブ油とバルサムを混ぜて祝別された聖香油】

第二に、いったいどんな材料を使って、堅振を授けるのでしょうか。洗礼は、水を使って洗礼を授けます。堅振はどうでしょうか。堅振の質料は、按手と、ひたいの上に十字架のしるしをして塗る聖香油です。按手については先ほど引用した使徒行録にも、ペトロとパウロが彼らに按手するという言葉があります。

聖香油というのは、オリーブ油とバルサムを混ぜて、聖木曜日に司教によって特別に聖別された油のことです。ですからカトリック教会の二千年の教えによると、堅振のためには、按手とオリーブ油とバルサムからできた聖香油が必要だとわかっています。

オリーブ油を塗るのは強めるためです。十字架のしるしをしてオリーブ油を塗るのは、私たちが十字架につけられた主イエズス・キリストへの信仰を告白しなければならないからです。聖パウロはこう言っています。

「私たちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。それはユダヤ人にとって躓きであり、異邦人にとって愚かであるが、しかし召された人々にとっては、ギリシア人にもユダヤ人にも、天主の力、そして天主の知恵キリストである。」(コリント前123-24

また聖パウロはこうも言っています。

「私は、主イエズス・キリストの十字架以外の何ものをも、誇りとはしない。」(ガラチア614

ひたいに十字架のしるしをするのは、ひたいが最も見えやすいところであって、恐れや恥ずかしさの印が一番よくあらわれるところだからです。しかし、聖パウロが言うのは、私たちは「福音を恥としない。福音はすべての信仰者を救う天主の力であるから」(ローマ116)と言っています。

聖ルカはイエズス様の言葉をこう引用しています。

「私はいう。人々の前で私の味方だと宣言する人を、人の子もまた、イエズスもまた、天主の天使たちの前でかれの味方だと宣言する。」(ルカ128

 

【オリーブ油】

ではこの材料についてもっと考察をします。聖アルフォンソ・デ・リグオリは、もしバルサムが入っていなかったら、もう一度堅振の秘蹟を条件付きで受ける必要がある、と言っています。しかし、別の植物油を使ったらどうかということについては、有効か否かを尋ねることさえしていません。なぜかというと、オリーブ油であるということはあまりにも決まっていて、他の植物油を使うことは想定外だからです。実際にインドで、ヤシの油で堅振を授けた司教様がローマにそのことを報告すると、その返事としてローマからは、すぐに堅振をやり直せと命令を受けます。何故でしょうか。

イエズス・キリストは最後の晩餐で、小麦のパンとぶどう酒をご聖体に制定するために使われたように、使徒たちが使う油もオリーブ油であることを定めました。何故かというと、主は聖木曜日に司祭職を制定されて、あたかもご自分がオリーブの実であるかのように、ご自分が潰されてしまったかのように、オリーブのゲッセマニの園で、ご自分の血の汗と涙を流され、そして将来使うべきオリーブの油をご自分の汗と御血で聖別しました。聖木曜日に特別に聖香油のミサにおいて、司教はオリーブの油から出来た聖香油を祝福します。

オリーブの油は、聖霊降臨のような聖霊の火を象徴しています。また聖霊の象徴である鳩は、ノエの大洪水のあとに天主との和解の仲直りのしるしとして、オリーブの小枝をくわえてノアの箱船にもどって来ました。平和というのは聖霊の実の一つです(ガラツィア522)。愛・喜び・平和。これは聖パウロがガラツィア書の中に上げている12の聖霊の実りのうちの一つです。平和。

新しい堅振の儀式では「オリーブ油あるいはほかのどの植物油でも使うことができる」としていますが、これは無効な堅振への疑いを大きくしています。

また質料について一言述べますと、使徒行録の時代から堅振のためには司教様の按手が必要です。按手というのは延手ではありません。延手というのはこうやって手を伸ばすだけですが、按手というのは手を置くことです。確かにもしも女性の場合にベールを被っていたり、直接このように肌に触れることができないかもしれませんが、しかし、力が加わって直接触れています。少なくとも親指で聖香油を十字架の印で、額に塗油するときに、親指が触れていて、少なくともそれで按手だということができます。しかしもしも聖香油を綿棒で付けたとしたら、これは按手とは言いません。無効の疑いが非常に大きな疑いがあります。新しいやり方で、コロナの時に日本で綿棒で聖香油を塗油していた状況をユーチューブで見たことがありますが、その堅振が有効であったかどうか私は確信が持てません。

(ところで終油の秘跡についていえば、その質料は「病者の油」だけで、伝染病などの場合には道具を使って塗油することが許されています。)

 

【堅振の秘蹟の効果】

では堅振の効果は何でしょうか。堅振は霊魂に永遠に消えない印章という霊的なしるしを刻みこみます。この印章によってわたしたちはキリストの兵士となります。これによって、キリスト者を、殉教に至るまで死に至るまで信仰の告白をすることができる(キリストの)軍人とします。

こうすることによって、聖霊の賜物の一つである剛毅の賜物によって、罪を犯すよりは死を、キリストを否むよりは死を望む、という力を得させます。

罪に対して「NO!」、誘惑に対して「NO!」、罪の機会に対して「NO!」と言って、イエズス様に対しては「はい!」と言う力を与えてくださいます。

どんな状況に対しても、罪を犯すことは許されません。その力を堅振は与えてくれます、強めてくれます。私たちの主イエズス・キリストは、絶対の忠実を、死に至るまでの忠実をお捧げするにふさわしいお方です。なぜかというと主は、死に至るまで忠実なわたしたちに永遠の栄光の冠を与えてくださる方です。黙示録にこうあります。「死に至るまであなたが忠実であれば、私はあなたに命の冠を与えよう」(黙示録210)。

堅振の秘蹟による固有の恩寵は、私たちが主を天主である救い主であると証しして、このキリストの真理と聖性を守り、誤謬と罪に対して戦うことです。そして、キリストの御国の拡張のために全力を尽くす力を与えてくれることです。言葉と行いの両方と、信仰の告白と聖性の告白によって、キリストを証しする勇気と力を与えてくれます。ですから堅振の秘蹟では、司教様は、受堅者の強さや耐える力を受けたというしるしとして、『あなたとともに平和あれ』« Pax tecum »と言って、受堅者の頰を軽く叩きます。キリストのために強くなった、戦え、ということです。

こうして堅振を受けたばかりの人は、使徒信経を唱えて、公に信仰を告白します。また「天にまします」の祈りを唱え、マリア様の「めでたし」も唱え、カトリック信仰の充満を告白して、そしてキリストの兵士となったということを証しします。

 

【遷善の決心】

では最後に、今日、堅振の秘蹟を受ける方々のために祈りましょう。

またわたしたちは既に受けた堅振の恵みに感謝して、更なる聖霊の賜物をこい願いましょう。

聖霊の浄配であるマリア様にこの恵みを乞い求めましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。