「イエズス・キリストを写し出す者となるために」
2025年11月1日 諸聖人の主日
トマス 小野田圭志神父説教 日本の聖なる殉教者聖堂(大宮)
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟姉妹の皆様、
今日は11月1日、諸聖人の祝日です。それと同時に、聖ピオ十世会創立記念日です。
天主の聖寵の傑作である、天にいる全ての聖人たちを黙想して、一緒に賛美いたしましょう。聖人たちと同じく私たちも、天国での至福の生命に入るために、今この地上で生きています。諸聖人は、私たちにいったい何を教えてくれているのでしょうか?
一緒に黙想いたしましょう。
【キリストの王国】
先日、私たちは王たるキリストの祝日を祝いました。そこで、キリストの王国は、本質的に霊的なものだということを黙想しました。その通り、イエズス・キリストは現代の意味での「政治的な王」ではありません。つまり、地上の武力と財宝で人々を支配するような政治を行う王ではありません。ですから、かつてイエズス様は、イスラエルをローマ帝国の支配から解放させようなどとはしませんでした。主が言われる通り、キリストの王国はこの世からのものではありません。
イエズス様は、この地上においてご自身が創立された教会によって、つまりカトリック教会によってキリストの王国を実現なさいます。キリストは教会を通して、教会によって、とりわけ十字架の功徳の実りである秘跡を通して、ご自分の聖寵やお恵みを私たち全てに分配しようとされます。ですから、カトリック教会こそが、この地上に生きている人々においてキリストの王国なのです。
カトリック教会は、創立されて以後2000年にわたり、絶え間なく人々を聖化してきました。カトリック教会は、真理と愛徳と聖寵によって、キリストが人々の心に働きかけ、聖なる一生を送り、天国の福楽に至ることができるように心を配ってきました。
キリストが人々を霊的に統治するとは、言い換えると、霊魂たちを罪ではなくキリストの教えが指導するということです。そうすると、霊魂たちはキリストの聖寵と真理の影響をうけて、個人の生活や家庭生活、また、人々の隣人に対する態度や職業生活、そしてさらには、社会生活全体を聖なるものへと変容させるようにしていきます。社会生活を送る私たちが、聖なる人間となることによって、世界や社会全体が、より聖なるものとなる、これがキリストの社会統治です。
教会の歴史を見ると、天主はご自分の王国をより多くの霊魂たちに、より多くの家庭に拡張するため、聖なる人々を与えてくださいました。その中には、キリスト教の国王たちもいます。たとえば、フランスのルイ9世(聖ルドヴィコ)、ハンガリーの王である聖ステファノ、あるいはスペインのイサベラ女王などなど、その他多くの聖なる王や女王、国家の指導者たちを生み出してきました。
王様以外にも、教会は数えきれないほどの聖人聖女を輩出しました。たとえば、聖ベネディクト、聖アウグスチヌス、アシジの聖フランシスコ、聖ドミニコ、などなどです。
このように多くの聖人たちを通して、カトリック教会は、福音の精神を人々の心に沁み込ませ、キリストの教えを習慣として実践させ、主の愛の教えを法律に書き込ませ、キリスト教の社会を作り上げてきました。
イエズス・キリストは、私たちの心において王として統治することを欲しておられます。
諸聖人はこれを実践しました。また、キリストは、私たちの家庭や社会において、王として統治することを欲しておられます。諸聖人はこれも実践しました。
王たるキリストの玉座は「十字架」です。ですから諸聖人は、十字架を通して社会を聖化してきました。
キリストは、ご自分が創立された教会を通して、私たちの知性を照らし、意志を強め、諸国を統治することを欲しておられます。諸聖人は、このイエズス・キリストの王たるキリストの社会統治に全面的に協力しました。
主は、御昇天の前、弟子たちにこう命じられました。
「私には、天と地との一切の権力が与えられている。だからあなたたちは諸国に弟子をつくりにいき、聖父と聖子と聖霊とのみ名によって洗礼をさずけ、私があなたたちに命じたことをすべて守るように教えよ。私は、世の終わりまで、常にあなたたちとともにいる。」(マテオ28:18-20)
こうして、諸聖人はこの御言葉を守り、全世界へ弟子を作りに行きました。諸国で、聖父と聖子と聖霊の御名によりて洗礼を授け、イエズス様が教え、命じられたことを守るようにと教えました。こうして、祭壇の周りに生まれたキリスト教諸国は、やがてその社会の中でキリスト教文明を開花させ、ついには「キリスト教世界」が実現しました。これを英語ではChristendomと言い、ラテン語ではChristianitasと言います。
「キリスト教世界」とは、イエズス・キリストの十字架のもとに、十字架の影によって作り上げられたものです。祭壇のまわり、教会を中心に築き上げられた一大文明の世界です。まさに、Regnavit a ligno Deus. 天主は十字架の木によって統治され給うた、と、教会が歌う通りです。
霊魂を救い、この地上ですでに、少しだけ天国の幸せを味見させる、それが王たるキリストの王国です。人間は、個人でも、あるいは社会を構成していても、その救いのためにはイエズス・キリストがどうしても必要です。使徒聖ペトロはこう言います。
「救いは主以外のものによっては得られません。全世界に私達が救われる名はこれ以外には人間に与えられませんでした」(使徒行録4:12)。
また、聖アウグスチヌスは、この言葉をこだまして次のように言っています。
「国家と国民は、別々に幸福になるのではありません。何故かと言えば、国家とは多数の人々が一緒に生きていく集まりだからです」
ですから、キリストは、国民一人一人や国家全体の繁栄と真の幸福をもたらす御方なのです。
【諸聖人】
王たるキリストは、私たち全てを招いておられます。諸聖人の大祝日は、まさに王たるキリストの社会統治の結果です。今日祝う諸聖人は、私たちを聖性や聖徳へと招いておられるイエズス・キリストの招きに、地上で応じた聖なる人々のことです。
諸聖人は、主の御旨をこの地上で果たそうと全力を尽くしました。あたかもイエズス・キリストと一つになり、同化したかのようになりました。諸聖人は、イエズス・キリストを写し出すものとなったのです。
ですから、天主御父は、諸聖人の祈りや願いを快く聞き入れられます。何故なら、御父は、聖人たちにおいて御子キリストを見出すからです。
諸聖人は、自分の心に、そして人々の心に、また家庭に、社会に、諸国において、キリストが統治するようにと、全力を尽くして生涯働き、キリスト教文明を築き上げた方々です。私たちも全て、彼らの聖徳と模範に招かれています。
では、私たちはどうしたらよいのでしょうか?
私たちは、王たるキリストに従わなければなりません。主イエズス・キリストは、十字架の玉座に登られました。十字架にかかり、王として君臨されておられます。諸聖人は、自分の十字架をとってイエズス・キリストに従った方々です。ですから、私たちも、自分の十字架をとってイエズス・キリストに従い、聖なるものとなるように招かれています。
私たちは、キリストにとってとても大切な存在です。何故かというと、キリストは、王の玉座である十字架上で、私たち一人ひとりのためにご自分の御血を全て流されたからです。
十字架のいけにえであるミサ聖祭を通して、キリストは今でも私たちの霊魂を統治し、愛徳の火をつけて、聖なる者へと聖化されます。
ミサ聖祭を通して、キリストは十字架の実りを、つまり贖いの効果・果実を私たちに分け与えます。
ミサ聖祭を通して、諸聖人が生まれます。諸聖人は、ミサ聖祭にあずかりながら、自分の十字架を担う力を得ました。
ミサ聖祭を通してキリスト教世界が生まれ、諸聖人たちによって、キリスト教社会が作り上げられました。
ミサ聖祭を通して、私たちは王たるキリストと一致します。
ミサ聖祭を通して、イエズスの至聖なる聖心は、ミサに与る全ての人々の心と一つになり、ご自分という最高の恵みをお与えになります。
このようにミサ聖祭を通して、キリストの祝福と聖寵が、個人や家庭、社会、そして諸国に、全世界へと広がっていきます。
聖なる日本の殉教者聖堂、ここはなんと祝福された場所であることでしょうか!
何故かというと、かつて諸聖人も与った聖伝のミサ聖祭が、この場で毎日捧げられているからです!この聖堂は、私たちの霊魂の、そして、私たち家族と私たちの祖国への祝福が湧き出る泉です。
ソレム(Solesmes)のベネディクト会、大修道院長福者ドン・ゲランジェ(Dom Prosper Guéranger)は、ミサ聖祭がどれほど大切かを訴え、次のように言いました。
「悪魔が、司祭叙階を邪魔したり、司祭を殺害させたりして、ミサ聖祭の執行を妨害すると、その時、不幸の日々がやってくるだろう。」
(telle sera l’œuvre de l’Antechrist : il prendra tous les moyens d’empêcher la célébration de la sainte Messe, afin que ce grand contre poids soit abattu, et que Dieu mette fin alors à toutes choses, n’ayant plus de raison de les faire subsister. Nous pouvons facilement le comprendre, car depuis le Protestantisme, nous voyons beaucoup moins de force au sein des sociétés. Des guerres sociales se sont élevées, portant avec elles la désolation, et cela uniquement parce que l’intensité du sacrifice de la Messe est diminuée. C’est le commencement de ce qui arrivera lorsque le diable et ses suppôts, déchaînés par toute la ,terre, y mettront le trouble et la désolation, ainsi que Daniel nous en avertit. A force d’empêcher les ordinations et de faire mourir les prêtres, le diable empêchera enfin la célébration du grand Sacrifice, alors viendront les jours de malheur.)
もし、ミサ聖祭がより少なく捧げられるようになれば、悪の勢力がますます広がることだろうと、ドン・ゲランジェは言います。何故かというと、ミサ聖祭によってキリスト教社会が築き上げられ、ミサ聖祭によって、聖人が生まれ出るからです。ミサ聖祭によって、十字架を中心に、祭壇の周りに、聖なる家庭が生まれるからです。今日、私たちが祝う諸聖人は全て、ミサ聖祭によって聖なる命を受け、聖なる功徳を受けて、聖人となられたのです。
ですから、このミサ聖祭を、どうしても続けなければなりません。
このミサ聖祭が続けられるためには司祭が必要です。何故かというと、司祭がいなければ、ミサ聖祭もないからです。ミサ聖祭がなければ、キリストは霊魂を統治することができません。ミサ聖祭をたてる権能は、カトリック司祭に委ねられました。もしも司祭がいなければ、とどのつまり天国に諸聖人もいることはできませんでした。
もし、私たちがキリストの招きに応じて聖徳を望むならば、どうしてもミサ聖祭が必要です。司祭が必要です。聖なる司祭が必要です。ですから私たちは、私たちが聖なるものへと聖化されるために、諸聖人に倣うために、司祭たちの聖化のために祈る必要があります。
これが、今日私たちが、イエズス様の至聖なる聖心とルフェーブル大司教さまとに心から感謝する理由です。聖ピオ十世会が、教会法にしたがって今日創立されたことを祝い、感謝する理由です。私たちがどうしても必要な聖伝のミサ聖祭、これを聖ピオ十世会が捧げ続けていることを感謝する理由であり、聖ピオ十世会が、聖なる司祭を養成するために創立されたことを感謝する理由です。
愛する兄弟姉妹の皆様、私たちのミサに与る若い青少年たちが、もしもキリストの司祭職に、あるいは修道生活に召し出されるならば、寛大に応じることができるようにお祈りいたしましょう。
青少年の皆さん、もしもキリストが、あなたを司祭職や修道生活に召し出したもうなら、寛大に答えてください。何故かというと、皆さんの若い霊魂たちの寛大な「はい」という答えに、何百、何千、何万という霊魂たちの永遠の救いがかかっているからです。
お医者様は、体の病を治して多くの人の命を救うかもしれません。しかし、司祭は霊魂を癒し、多くの人々を聖化し、彼らに永遠の命を与える存在です。
ですから、私たちは、良い召し出しが与えられるようにたくさん祈りましょう。そして私たちの子どもたちが、家族が、この召し出しに応えることができるように、ますます良い家族となるように努力しましょう。
子どもたちに、キリストの聖性への招きを聞こえなくさせるようなものを避けてください。司祭召命や修道召命を妨害するようなものが、もしも家にあったとしたら、それを家から取り除き、遠ざけましょう。携帯電話や、コンピューターゲーム、悪い交際、わいせつな本や雑誌、映画、音楽などに、私たちは非常に敏感に気を付けるようにいたしましょう。
【聖母】
最後に、諸聖人の元后であるマリア様にお祈りいたしましょう。
聖母の汚れなき御心は、イエズス様の至聖なる聖心と、分かち難く最高度に一致していました。
マリア様は、十字架のもとで、ただ野次馬のように傍観していたわけではありません。そうではありません。聖母は、御子の十字架に最も素晴らしいやり方で一致し、共同贖い主として、共贖者としてご自分を捧げておられました。マリア様は、御子が人となる御托身の神秘に協力され、御子の十字架による贖いの神秘の伴侶として同伴され、聖霊と共に全ての聖寵を分配する神秘に協力されます。諸聖人は、ミサ聖祭を通して、聖母のおかげで聖人となった方々であり、マリア様の子供たちです。
ですから、私たちも諸聖人に倣って、マリア様の御取次をこい願いましょう。
この地上で、イエズス・キリストを王として聖なる一生を送り、ついには、マリア様や諸聖人と共に、永遠の至福の命を得ることができますように。
特にマリア様の御取次を、そして諸聖人の御取次をも、こい願いましょう。
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。