イエズス・キリストについて証明する
”Ascension” ボストン美術館所蔵
2025年6月1日 御昇天後の主日
トマス 小野田圭志神父説教 聖母の汚れなき御心聖堂(大阪)
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟姉妹の皆さま、
今日の福音で、私たちの主は聖霊降臨のことを話して、こう予告されました。
【聖霊】
- 聖霊がイエズス・キリストについて証明し、弟子たちも、イエズス・キリストを証明するであろうこと。
- しかし、弟子たちが主を証明すると、残念ながら、人々は父もイエズス・キリストも知らない・知ろうとしないので、弟子たちを会堂から追い払い、そして弟子たちを殺害する人が、みずから天主につかえていると思うような時が来るだろうこと。
つまり、キリストの弟子たちは迫害を受けるだろうと予告されました。
では、イエズス様のこの予告を一緒に黙想いたしましょう。
【イエズス・キリストについて証明する】
イエズス・キリストについて証明する、あかしする、とはいったいどのようなことでしょうか?
それは、イエズス・キリストが真の天主であること、つまり超自然の永遠の命(永遠の至福)に私たちを導くことができる、真に唯一の救い主(メシア)であることは本物の真理であると、言葉と行いをもって証明することです。
別の言葉で言うと、諸国を巡って全世界に行き、イエズス・キリストが教えた真理を伝え、三位一体の御名(みな)によって、罪の赦しのために洗礼を授けることです。
また、洗礼に代表される七つの秘跡を通して、イエズス・キリストが十字架で勝ち取った贖いの功徳を皆に分配し、人々を聖化する(聖なる者とする)ことです。
つまり一言で言うと、イエズス・キリストが示した天国への道を教えることです。
実際に聖霊降臨のその日、使徒たちは聖霊を受けました。
使徒のかしらである聖ペトロは宣教します。どんな真理を宣べ、教えたのかというと、イエズス・キリストは、預言の通り十字架につけられて死したもうたが、預言の通りご復活されたこと。
また、イエズス・キリストこそが本当の天主であり、約束され、預言されていた救い主であることを宣言しました。
聖霊降臨のその日、この言葉を聞いて三千人が洗礼を受けました。
キリストの弟子たちは、どれほど大きな喜びと慰めに満ち溢れていたことでしょうか!
その数日後、生まれつきあしなえの男が、神殿に入ろうとしていたペトロとヨハネに施しを乞います。するとペトロはこう言います、
「私は金銀をもっていない、だが、私のもっているものをあなたにあげよう。ナザレトのイエズス・キリストのみ名によって歩きなさい!」
ペトロが彼の右の手をとって起こすと、彼はすぐにおどり上がって立って歩き出す奇跡が起こります。
彼は、生まれつき歩けなかったのに歩けるようになりました。
イエズス・キリストの御名によって歩いていることに、どれほど喜んだことでしょうか!
彼はペトロとヨハネの周りに行き、神殿に行って賛美し感謝して、うれしくてうれしくておどり出しています。
治癒の奇跡を受けたこの男は、四十歳あまりでした。
こうして使徒たちは、イエズス・キリストが本当の天主、真の救い主だと言うのみならず、奇跡さえも起こして、イエズス・キリストが本物だと証ししました。
イエズス・キリストは復活して、天に上げられたと。
使徒たちは人々に、イエズスのことや死者の復活を教えました。
そして、使徒たちのことばを聞いた多くの人々が信じ、その数は五千人にのぼります。
【弟子たちは迫害を受ける】
第二に、イエズス様が予告された通り、弟子たちは迫害を受け始めます。
イエズス・キリストは、旧約の預言をピタリピタリと完成させ、すべてを完璧に成就させました。そして、ご自分が約束されていた本当の救い主であることを証明なさいました。しかしこれを見て、ユダヤの指導者たち、衆議所は、主をかえって邪魔者だと考え、亡き者にしようとしました。そこでイエズスを侮辱して十字架につけ、彼の教えを根こそぎにしようとさえしました。
しかし、主イエズスは三日目によみがえり、十二の使徒たちを送ります。
使徒たちはイエズス・キリストと同じ福音を述べて教え、奇跡さえも行います。
イエズス・キリストとまったく同じことをします。
すると、それを知ったおなじユダヤ人のかしらたちは何をしたでしょうか?
長老、律法学士たちは、奇跡を起こしたペトロやヨハネを逮捕し、投獄します。
このあしなえの男を、イエズス・キリストの御名によって癒したがために牢に投げ入れられました。
いったい、使徒たちが何を、どんな悪いことをしたのでしょうか?
彼らはただ、イエズス・キリストが真の天主の御子であること、救い主であることを教えただけでした。イエズス・キリストの御名によって、病人を奇跡的に癒す善を行っただけでした。彼らは、天主の御言葉に従順に従っただけでしたが、そのために牢に入れられました。
そして、衆議所は「どんな権利をもって、だれの名によって、あなたたちはああいうことをしたのか?」と尋問します。
ペトロは聖霊にみたされ、イエズス・キリストの御名(聖名)への信仰で奇跡が起きたと断言し、さらにこう付け加えます、
「救いは主以外の者によっては得られません。全世界に、私たちが救われるこれ以外の名は、人間にあたえられませんでした」。
衆議所は、これを聞いて一言も抗弁できません。
そこで、彼らが何をしたかというと「今後一切、イエズスの名前によって話したり教えたりするな、黙れ」と脅して禁じるだけでした。
すると、ペトロとヨハネはいったいなんと言ったでしょうか?
素晴らしい答え方をします。
「天主をおいて、あなたたちに従うことが、天主のみ前に正しいことかどうかは、あなたたちが判断しなさい。私たちとしては、見たこと聞いたことを黙っているわけにはいきません」と。
つまり「私たちは天主と真理に従わなければなりません。私たちは真理を行い続け、イエズス・キリストが行えと命じられたままを行います。」と。
衆議所は何もすることができず、さらにこの二人をおどして釈放するだけでした。
迫害はこれで終わりませんでした。しばらくすると、使徒たちはまたもや投獄されます。なぜでしょうか? 何故なら使徒たちが、おびただしい奇跡と不思議とを、人々の中でおこなっていたからです。
使徒行録によると、大司祭とその一味の人々は、嫉ましさにかられて使徒たちに手をかけ、牢に投じたとあります。
ところが、聖霊は使徒たちを力づけ、奇跡さえも起こさせます。
夜中に、主の天使が牢の戸をひらき、かれらを外につれだします。
衆議所は番兵を送り「使徒たちを連れてこい」と命じますが、番兵たちが使徒たちをさがしに行っても、かれらが牢の中にいなかったため、その事実を報告します。「牢が固くとざされて、戸の前に番兵が立っているのを見ましたが、中にはだれもいませんでした」と。
それを聞いて、指導層である衆議所は「なんだ、なんのことだ」と当惑します。
そのとき別のある人がやって来て「あなたがたが牢に入れたあの人たちは、神殿に立って人々に教えていますよ」とつげます。
すると衆議所の人々は非常に憤り、かれらを神殿から連れてこさせて衆議所の中に立たせ、大司祭がたずねます。
「私たちは、あの名で教えるなと正式に禁じておいた。それなのに、あなたたちは、イェルザレム中を自分たちのおしえでみたしたではないか。」と。
ペトロと使徒たちは答えます。
「私たちは、人間よりも、天主に従わなければなりません。」
かれらはこれを聞いてはげしく怒り、使徒たちを殺害しようとくわだてます。
これが迫害の第一ページ、そしてこれからキリストの弟子たちは迫害を受け、殉教し、イエズス・キリストを証ししていくその歴史が刻まれていきます。
最初の殉教者は、聖ステファノでした。そのステファノの殺害に、サウロ(後の聖パウロ)が関わりました。サウロは、もともと強烈な迫害者で、キリスト教信者を憎み、家の中まで押し入り、キリスト教信者を連れ出して投獄させようとしていたファリザイ人でした。
しかし、イエズス・キリストに出会って、奇跡的に回心します。
イエズスは言います。「なぜ私を迫害するのか?」
つまりイエズス様が言いたいことは、「キリスト者を迫害することは、私を迫害することと同じだ」と。
そして、サウロはその時回心して、聖パウロとなります。
聖パウロは、その後イエズス・キリストを宣教し始めます。イエズス・キリストこそ本物だと聖書を説明します。
しかし、イエズス・キリストが真の天主だと宣言したがために、パウロも迫害されます。こうして、多くのキリスト教信者がイエズス・キリストの教えを実践し、罪を避けて聖なる生活を送り、イエズス・キリストを証しし、多くの人々に良い模範を示し、多くの人々はイエズス・キリストを信じて、キリスト教はどんどん拡張していきますが、それと同時に迫害も厳しくなっていきました。
ローマ帝国でも、何十万何百万という多くのキリスト者が迫害され、殉教します。300年にわたる殉教の歴史がありました。日本でもおなじでした。私たちの先祖は、イエズス・キリストを信じ、その愛の教えに従ったがために、その善のために迫害され殉教していきました。私たちはその子孫です。
【遷善の決心】
では、最後に遷善の決心を立てましょう。
私たちは今、聖霊降臨の準備をしています。聖霊降臨をうける準備の恵みをこい求めましょう。
また、7月には堅振を受けられる方々がおられます。
聖霊の賜物をこい願いましょう。堅振の準備のためにも聖霊に祈りましょう。
聖霊の力によって、私たちがイエズス・キリストを証しすることができますように。聖霊の賜物によって、私たちの信仰がますます固められますように。
そのためにも、イエズス・キリストが私たちのためになさったことをよく黙想いたしましょう。
天主の御言葉であるイエズス様が、私たちのために人となってお生まれになった御降誕、また御受難、御復活、御昇天、またイエズス・キリストが私たちのために制定してくださった七つの秘跡、私たちに寛大に与えてくださる罪の赦し、御聖体、ミサ聖祭などなど、多くの愛の神秘、玄義を黙想いたしましょう。
それを見ると、私たちは、イエズス・キリストにどうやって愛で返さなければならないかと思い立つに違いありません。
また、数えきれないほど多くの人々が、イエズス・キリストのために成した善行、またイエズス・キリストへの信仰のために耐え忍んだ艱難を、ものすごい苦しみを黙想いたしましょう。
彼らはそれを耐え忍びました。イエズス・キリストへの愛のために。
それを見ると、私たちは感動して、ああ、どれほどの愛を彼らは払ったのだろうかと知ることができます。
では、私たちはいったいイエズス様のために何をすることができるでしょうか?
聖霊を受けて、イエズス様をどれほど愛することができるでしょうか?
最後に、マリア様に祈りましょう。
聖霊の浄配であるマリア様が、私たちのために取り次いでくださり、イエズス・キリストの真理を、言葉と行いで証しすることができますように、マリア様に熱烈にお祈りいたしましょう。
ファチマのマリア様は言われました。
「私の汚れなき御心は、あなたたちにとっての避難所です。天国へと導く道となるでしょう」と。
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。