告解の秘跡の偉大さ

ソース: FSSPX Japan

2026年4月12日  白衣の主日

ド・ラコスト神父様説教  (同時通訳:トマス小野田圭志神父)

聖なる日本の殉教者聖堂(大宮)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる信徒の皆様、

今日、このミサを捧げることができて非常に大きな喜びをもっております。そして、皆さんにお説教の言葉を述べることができてうれしく思います。しかし、日本語を話すことができないので、小野田神父に通訳をお願いいたします。

御復活のその主日の夜、主がどのようなことをなされたかということを、私たちは福音で読みました。主は使徒たちに現れて、そして罪を赦す権能を使徒たちにお与えになりました。つまり、主はこの復活の主日の夕方に悔悛の秘跡を制定されました。主はこうおっしゃったのです。

「おまえたちが赦す罪は天でも赦され、そして赦さない罪は天でも赦されない。」

この罪を赦すというのは、天主の権能です。これを使徒たちに、そして新約のすべての司祭たちに主は与えられました。叙階を受けた司祭たちは、すべての罪を赦すことができます。どのような罪であっても赦すことができます。ただし、告解をする人(罪人)が自分の罪を痛悔し、そしてそれを告白すればできます。もしもその罪人がどれほど大きな罪を犯したとしても、その罪があまりにも酷かったとしても、もしも心からの痛悔と悔悛の心があれば、そしてその罪を告白するならば、その罪を司祭に告白するならば、司祭は彼に赦しの言葉を述べて、その罪はすべて赦されます。そのとき、罪人の霊魂は全く清められて非常に美しく、罪がすべて赦されて清らかになります。

私たちの主イエズス・キリストは、福音の中で、この罪の赦しに関してとても良い、美しい模範を見せておられます。これは、新約の司祭がその後に模範として続くべきものです。あるとき、罪を犯した女性が、非常に大きな大罪(姦淫の罪)を犯した女性が、罪を犯している現場で逮捕されました。そして、その女性はイエズス様のもとに連行され、引き連れられて、そしてイエズス様がこの女性についてこう尋ねられます。

「モーゼの掟によれば、この罪の現行犯は石殺しにされなければならないとされますが、あなたはどうされますか?」

実は、このモーゼの律法によれば、このようなときには必ずしも石殺しにされる必要はありませんでした。このとき当時のファリザイ人たちは非常に厳しく律法を解釈していたので「石殺しにすべきだ」と主張していたのですけれども、かといってもしも主が「石殺しにしなさい」と言えば、イエズス様があまりにも憐れみもなく厳しい態度をとったということになってしまいます。すると、今までのイエズス様の態度と反対になってしまいます。しかし、もしも「石殺しにしてはいけない」と言えば「なんだ、モーゼの掟に従っていないじゃないか」と言って、イエズス様を非難する材料にもなります。これは罠でした。

すると、イエズス様は非常に賢明な知恵深い言葉をおっしゃいます。「あなたがたの中で、罪の無い者が最初に彼女に石を投げなさい」と。ファリザイ人たちは、自分たちが罪人であるということをよく知っていました。そこで考えて「自分は石を投げる資格が無い」と思い、一人ずつその場を立ち去っていきます。最初は年を取った老人から、次に若い者へと去っていきます。

すると、この女性とイエズス様だけが、二人だけが残されます。そしてイエズス様はこの女性に聞きます。「おまえを弾劾した、罪に定めた人たちはいったいどこにいるのか?」と。すると、この女性は、もしかしたら主から厳しい言葉を言われるのではないか、あるいは罪を犯したということを非常に恥ずかしく思って、主に答えます。「主よ、誰もいません。」

すると、イエズス様はこの女性にこう言います。「誰もおまえのことを排斥しないならば、私も排斥しない。行きなさい、そしてもう罪は犯さないように」と。この同じ言葉を告解場で、告解の場で、告解室で司祭も言います。罪を痛悔した、回心したこの罪人に司祭も「安心して行きなさい。そして罪はもう犯さないように」と。

では、1917年にフランスで起こった出来事の話を皆さんにしたいと思っています。それは、第一次世界大戦のことでした。大きな部屋が病院に代えられました。何故かというと、他の病院は皆、負傷者でいっぱいだったからです。そしてそこの部屋では、30人から40人の負傷者たちが治療を受けていました。特に修道女がこの病人たちを世話していました。

その病人たちの中には、もうすぐ死のうとする瀕死の方がいました。そして、この方に修道女の方が「もうあなたは、命はありませんよ。ですから司祭に告解して準備をしたらいかがですか?」と言うと「嫌だ」と言うのです。そして罪を告白する代わりに、むしろこの人はイエズス様を冒涜したり、マリア様を馬鹿にしたり、そして冒涜の言葉を吐くのです。罪に凝り固まってしまっていました。

そこで、修道女たちはこの臨終の罪人のことを非常に心配していました。

「ああ、この方はもうすぐ死のうとしている。そうしたらこの大罪の状態でこのまま死んでしまったら、永遠に地獄に落ちてしまう。」

だから、そのシスターたちは一生懸命この人のためにお祈りをしました。するとある日、この臨終の男はシスターに言うのです。「シスター、私は告解したいのです。告解をしたいと思います。」

そこでシスターは非常に喜んで「ああ!あの方が告解に行きたいと思っている」「天主様に御憐れみを求めている」そして主に感謝しました。ところが、司祭を呼ぼうとすると、司祭は昨日はいたのですけれども、今日、どこかに出かけてしまったのです。シスターが知るには、この司祭が戻るのは23日後でしかないとのことでした。でもこの方はもう今にも死のうとして、もしかしたら今晩にも死んでしまうかもしれない。23日も待つことができないかもしれません。

ところが、シスターは、この同じ部屋に確かに死のうとしている臨終の病気の傷を負った司祭がいることも知っていました。そこでこの神父様を、ショックを受けさせないようにそっとベッドを動かして、この死のうとしている罪人のすぐ隣まで運んできました。

ところが、この司祭はもうやはり非常に弱っていて、力も無かったのですけれども、全身の力を込めて、この死のうとしている罪人の近くに行って耳を傾けて「さあ告解しなさい」と言うのです。すると、この罪人も自分の罪をこの司祭の耳元で告白しました。そして死ぬ前に罪を告白することができました。

そして、その告解を聞いた後に、司祭は手を挙げて罪の赦しの言葉をしようとしますが、手があまりにも弱くて動きません。そこでシスターに頼んで「シスター、私の手を持ってください。」そして、シスターがその手を持って告白の祈りを、罪の赦しの祈りを「私は聖父と聖子と聖霊との御名によりて、あなたの罪を赦します」と言うときに、シスターは司祭の手を、十字架を切るように動かしたのです。

そして、司祭が罪の赦しの言葉を発した、この手を動かしたその時、その直後、シスターたちはいきなりその手が重くなったのを感じました。よく見ると、司祭はそのとき息を引き取って、その霊魂を天主に返したのです。そしてすぐに、この罪を犯した、告白をした臨終の人を見ると、やはり罪の赦しを受けたその瞬間、霊魂を天主様にお返ししたのでした。この二人は、告解の秘跡を授けそして受けたその瞬間、直後に二人とも同時に亡くなったのでした。

この悔悛の秘跡、告解の秘跡というのは、イエズス様が私たちにくださった素晴らしい贈り物です。何故かというと、これによって罪の赦しが与えられるからです。ですから、このような特別な贈り物をしてくださったイエズス様に感謝いたしましょう。またこの罪の赦しを与える、告解の秘跡を与えることができるのは司祭だけです。ですから、叙階の秘跡を授けてくださった、制定してくださったイエズス様にも感謝いたしましょう。

マリア様にお祈りしましょう。マリア様の御取り次ぎで私たちに多くの司祭が与えられますようにお祈りしましょう。何故かというと、もしも司祭がいなければ、私たちには秘跡が無いからです。特に悔悛の秘跡、告解の秘跡を受けることができなくなってしまうからです。マリア様に、そして天主様にたくさん祈って、私たちに多くの聖なる司祭が与えられるようにお祈りしましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。