復活の主日の説教―復活と命(2026年、大宮)

ソース: FSSPX Japan

復活されたキリスト

復活の主日の説教―復活と命(2026年、大宮)

2026年4月5日 ブノワ・ワリエ神父

復活の主日の説教―復活と命(2026年、大宮)

親愛なる兄弟の皆さま、

この栄光に満ちた復活祭の朝、私たちは、キリスト教信仰の中心となる神秘である、私たちの主イエズス・キリストの御復活をお祝いするために集まっています。この御復活は、紛れもない、また議論の余地のない歴史的事実です。

キリストは、ラザロを死者の中から復活させられる直前に、「私は復活であり、命である」(ヨハネ11章25節)と宣言されました。この言葉が真実であることは、復活祭の出来事で最もよく確認できます。キリスト御自身の復活こそが、最高の、そして決定的な証拠です。私たちの罪のために十字架上で自らの命を捧げられたキリストは、三日目に勝利のうちに墓から復活して、死に打ち勝ち、キリストを信じるすべての人に永遠の命への道を開かれました。

福音は、さらに具体的な証言を与えてくれます。マテオ福音書に記されているように、キリストが十字架上で亡くなられた瞬間、「地は震い、岩は割れ、墓は開き、眠っていた聖徒の屍(かばね)は数多く生き返り、イエズスの復活の後、墓を出て聖なる町に入り、多くの人々に現れた」(マテオ27章51-53節)。メシアの到来を待ち望みながら死んだこれら義人の霊魂は、キリストの御復活の力によって命へとよみがえったのです。彼らがエルサレムで目に見えるように現われたことは、多くの目撃者にとって、イエズス・キリストが本当に復活であり命であり、死そのものに対する主権を持つお方であることの確かな証拠となりました。

さらに、キリストは命ですから、死者を生き返らせます。「私を信じる者は、死んでも生きる」(ヨハネ11章26節)。信仰によって心にキリストが住まわれる者は、復活の源泉を所有しているのです。したがって、主を信じる者は誰でも生きる、すなわち、天主の恩寵によって罪の死からよみがえることで、霊的な命に生きるのです。

親愛なる兄弟の皆さま、主が、ラザロのために、復活の主日によみがえった聖人たちのために、そして何よりも主ご自身のために成し遂げられたものを、今、主は、私たち一人一人に与えてくださいます。主への信仰を通して、罪に死んでいた私たちは、恩寵において新しい命へとよみがえります。私たちは、確かな希望をもって、最後の復活を待ち望んでいます。そのとき主は、私たちの体を復活させ、永遠の命の栄光に完全にあずからせてくださるのです。

ですから、この復活祭の日に喜びましょう。聖母の揺るぎない信仰をもって、「私は復活であり、命である」と宣言されたお方を信じ、すでに死に対する主の勝利にあずかり始めた者として生きましょう。復活されたキリストが、信仰によって私たちの心の中に住んでくださり、私たちすべてを永遠の命の充満へと導いてくださいますように。アーメン。