悪い土地と良い土地

ソース: FSSPX Japan

Image By Jörg Blobelt - Own work, CC BY-SA 4.0

2025年2月22日六旬節の主日 トマス小野田圭志神父説教(札幌)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、
今日は2025年2月23日、六旬節の主日です。

十日後の3月5日は、灰の水曜日です。カトリック教会の掟によると、満十八才から満五十九才までの全ての健康な男女の信者は、この日に大小斎を守らなければなりません。
また、成人に達していない人でも、14歳以上の健康な信者は小斎を守らなければなりません。これの年齢には限度がありません。
【1983年の教会法によると、全ての成人(満18才以上)から満60才になるまで。日本では満18歳以上満60歳未満https://www.cbcj.catholic.jp/faq/lent/ 1983年以前は、満21歳以上から満60才未満だった】

また、教会の掟によればさらに「少なくとも年に一度は、御復活祭の頃に御聖体を拝領する」という復活祭の義務があります。
「少なくとも年に一度」とは「年に一度"だけ"」という意味ではなく、頻繁な聖体拝領をすることがよいのですけれども、一年に最低限一度は、少なくとも一度は、御復活祭の頃に御聖体を拝領するという意味です。
御復活祭の頃とは、日本では「四旬節の第一主日から三位一体の主日まで」です。

札幌の次回の主日のミサは、3月30日と5月11日です。
ぜひ、ご復活祭の時には、御聖体拝領をなさるようになさってください。

【1:今日の福音】

今日の福音を、今日一緒に黙想致しましょう。
今日の福音にある「種まく人」——これはイエズス・キリストのことです。
私たちの人生の究極の目的、天の国について、イエズス様はお話しになりました。
私たちが、どうやったら永遠の生命を受けることができるのだろうか?
それについての福音、御言葉の種を蒔かれました。聖ペトロ(初代教皇様)もこう宣言します。
「あなたたちが新たに生まれたのは、朽ちる種によるのではなく、永遠に生きる天主のみことばの朽ちない種による。「すべての肉は草のごとく、その光栄は、草の花のようである。草は枯れ、花はおちる。しかし主のみことばは永遠にのこる」。あなたたちに伝えられたよい便りは、このみことばである。」(ペトロ前1:24-25)

もしも御言葉を受け入れて、それを育てるならば、豊かな実りを得ることができます。
私たちにとって何を意味するかというと、つまり、天国の栄光に到達することができる、完全な至福、終わりのない命の喜びを得ることができる、私たちの生まれてきた目的、創造の究極の到達点に達することができる、という意味です。

しかし、永遠に生きる天主の御言葉の朽ちない種が、どれほど命に満ちた良い便りであったとしても、天主の力に満ちてみなぎるものだったとしても、しかし、それを受け取る土地の状態によって、同じ種でも実り方が違っています。

今日の福音は、まさにそれを取り扱っています。
同じ原因(良い種)でも、それを受ける状態によって、結果(実り方)が違うということです。せっかくの真理も福音も、カトリックの信仰も主の特別の御恵みも、溢れるばかりの聖寵も、それを受け入れる心の状態によって、霊魂の態度によって、何の実りも得られないか、あるいは、豊かな実りを得ることができるかがかかっている、ということです。
教会は、六旬節の主日、今日、四旬節の実りを豊かにすることを目的として、私たちの心の状態はどうであるか、ということを黙想させます。

では、良い土地の例と悪い土地の例を少し見てみましょう。

【悪い土地の例】

1891年、信仰を持っていない或る巡礼者が、ルルドに行きました。これは、有名な作家エミール・ゾラです。彼は、ルルドの奇跡を否定するために行きました。
彼の心の状態は、あたかも石だらけ、踏み固められた道路のようでした。
自分の信じている無神論にとって、「奇跡」などというのは入ってくる余地もない邪魔物でした。しかし、憐みの天主の御摂理によって、ゾラがルルドにいる十日間の間に、驚くような奇跡が、教会がまさに奇跡だと認めた大奇跡が、三回立て続けに起こりました。

まず最初は、14歳の女の子クレマンティヌ・トゥルヴェ(Clémentine Trouvé)です。
クレマンティヌは、ポワチエの近くのルイェ(Rouillé)という町に住んでいました。
その彼女の住んでいた家は、今でも残っています。
三歳の時から右の踵に、極めて重大な骨の病に苦しんでいました。難病の骨・骨膜炎(ostéo–périostite)でした。そこで、ルイェ(Rouillé)という町のバリュ(Ballu)神父様(主任司祭)に、ルルドに行くことを勧められて、1891年8月20日にルルドに到着します。
翌日8月21日、クレマンティヌ・トゥルヴェ(Clémentine Trouvé)は、ルルドの水に浸かります。するとその瞬間、足の傷は癒されました。数年後、クレマンティヌは、パリの聖母被昇天会のシスター(sœur Agnès-Marie)になっています。

ゾラが見た第二の奇跡は、18才の少女マリ・ルマルシャン(Marie Lemarchand)のケースです。1874年にカン(Caen)というところで生まれました。
この少女は、すぐにゾラの目を引きつけました。何故かというと、彼女は三つの不治の病を患っていたからです。何かというと、全身性エリテマトーデス、これは狼瘡(ろうそう)とも言われている膠原病の一つで、極めて難しい難病だと言われています。また肺結核、それから足に巨大な腫瘍を同時に患っていました。特に狼瘡という膠原病のために、顔は醜く変形していました。ゾラはこの子のことを、このように描写しています。この子の顔は「恐ろしく歪曲された物質の塊で血がにじみ出ていた」と。

そして、マリ・ルマルシャンはルルドの水に浸かると、あっという間にその三つが治癒しました。ゾラは、治癒直後の彼女を驚いて見ています。
ルルドのメディカルセンターの所長ドクター・ボワサリ(Dr. Prosper Gustave Boissarie)は、ゾラの脇に立って「ゾラさん、あなたの望んでいた夢のケースですよ。まさにこれこそ、大奇跡が起こりましたよ」ということを言います。
この方は、その奇跡的に治癒を受けた後に、病気は再発せずに、結婚して8人の子供を産んで幸せな生活を送りました。

またその直後、ゾラが体験した第三の奇跡は、やはりそれと同時に起こったもので、1857年にパリで生まれた35歳の女性マリ・ルブランシュ(Marie Lebranchu)という方のケースです。
重い肺結核を二年間患い、そしてやせ細っており、もういつ死んでもおかしくない末期状態でした。医者もさじを投げていました。この方もルルドの水に浸かりその直後、完全に癒されました。そして、1920年63歳まで完璧に健康を保ちました。

この三度の奇跡を見たゾラは、目の前に起こった現実を否定します、拒否します。ゾラにとって、奇跡は存在しません。奇跡は存在してはなりませんでした。何故なら、天主は存在してはならないから。天主の摂理などあり得ないから。それがゾラの信仰でした。
彼はこう言っています。「もしも、ルルドで治癒した病人たちを全て私が見たとしても、私は奇跡を信じない。」
残念なことに、エミール・ゾラの心の状態は、現実と真理とを受け入れることができない程、凝り固まっていました。

【良い土地の例】

では、良い土地の例はどうでしょうか?
ゾラが巡礼に来た11年後、1902年5月28日、やはり信仰なくルルドに来た別の巡礼者がいました。医者アレクシ・カレルです。このカレルの目の前で、リヨンの少女、結核の末期のマリ・バイ(Marie Bailly)は、ルルドの水によって、あっという間に癒されます。
ゾラとは対照的に、それを見てカレルはショックを受けます。
「いったい、こんなことがあり得るのだろうか?」
しかし、カレルは、不信仰ながらマリア様に祈りを捧げて、ついには回心します。

同じような奇跡を見た二人の男性ですが、態度は違いました。
一人は奇跡を拒否し、現実を受け入れず、そして真理を否定しようと戦いました。
もう一人は、奇跡を素直に受け入れて、現実をそのまま受け止めて、真理を探そうとしました。
良い土地と悪い土地、この二つの態度が、人間の心にもあるということです。

【悪い土地と良い土地】

福音には、これと似たような話が、現実の話が度々出てきます。
福音を信じる人と信じない人、真理を受け取る人と拒否する人、目の前の同じ現実を受け入れるか、あるいは拒むか、その二つの態度です。

例えば、ラザロの復活があります。イエズス様は、死んで四日目、もう腐敗していたラザロをよみがえらせます。「ラザロ、起きて出てこい」と。ラザロは、埋葬されたまま墓を出てきます。
ヨハネの福音には「イエズスがなさったことを見た多くのユダヤ人たちは彼を信じた」(ヨハネ11:)とあります。つまり、イエズス・キリストは、天主にしかできない奇跡を行なった。
だから、これが何を意味するかというと、イエズス・キリストは真の天主だ、真のメシアだ、という論理的な結論です。

しかし、その事実を目前にして、別の態度をとった人々がいました。
たとえば、ファリザイ人です。イエズス・キリストを、救い主として受け入れることを拒みました。イエズス・キリストが救い主であっては困ると、そのために彼らが何をしたかというと、福音にはこうあります。
「司祭長たちは、ラザロをも殺してしまおうと決めた。彼(ラザロ)のために、多くのユダヤ人たちが去っていって、イエズスを信じるようになったからである。」(ヨハネ12:)
つまり、ラザロという証拠があると、まずい、ということです。
イエズス・キリストが、本物であるという証拠を隠滅させようと決断したのでした。

他にもあります。イエズス様の十字架の足元でもそうでした。
イエズス・キリストの御受難という現実を見て、マリア様や聖ヨハネ、その他聖なる婦人たちは、嘆き悲しみ、そして主を信じます。
それと同時に、主の御受難をあざ笑い、そしてさげすむ群衆や司祭長たちがいました。
イエズス様が、十字架につけられたのをあざ笑っていました。「もしもおまえがキリストなら、十字架から降りてこい。自分で自分を救え」と言っていました。

主とともに十字架につけられた二人の盗賊も、二人とも態度が違いました。
左の一人は、回心せずに呪い「あなたはキリストではないか。では、自分とわれわれを救ってくれ」とあざ笑って、悪口をあびせていました。
しかし、右にいた一人の盗賊は、主を見てその御忍耐、その聖なる御姿を見て心を打たれ、回心し、主に憐みを乞い求めます。そして、一緒につけられた盗賊にこう言います、
「おまえは同じ刑罰をうけながら、まだ天主をおそれないのか。われわれは行なったことのむくいをうけたのだから当然だ。しかし、この方はなんの悪事もしなかった。」
そしてイエズスに向かって、「イエズス、あなたが、王位をもってお帰りになるとき、私を思い出してください」と。

心の状態・態度、心の持ち方が違っていたので、同じ現実から別の結果が生まれました。
同じ出来事、同じ福音の言葉、同じお説教でも、ある人は信じ、ある人は信じないかもしれません。一人は回心して救われ、そしてもう一人は罪に凝り固まったまま残るかもしれません。

それは現代でも同じです。例えば、私たちの経験によると、色々な方々が聖伝のミサに与りに来られます。文献が残っている限り、私たちが知る限り、少なくとも実証的に証拠が残る限り、カトリック教会が、少なくとも1500年以上やり続けてきたミサ聖祭です。
おそらく聖ペトロの時代から、特にミサの中心部のカノンと言われるミサ典文、ローマで行われていたミサ聖祭を、私たちが今やり続けています。
歴代の教皇様が、このミサの典文だけは絶対に誰も変えてはならない、使徒聖ペトロから受け継いだものだから変えてはならないと、何度も言ったミサ典文です。
歴史上、文献が残っている限り、世界で一番長い古い歴史を持っているのが、私たちが捧げているミサ典文です。

またこのミサ、聖伝のミサは、日本に聖フランシスコ・ザベリオが来た時に、信仰を伝えに来た時に、行なっていたそのミサです。もちろん、そのミサの祝日の聖人たちは違っていましたが、しかし全く同じミサを捧げています。聖フランシスコ・ザベリオも、この同じ六旬節のミサを捧げていました。
その後、ヴァリニャーノ神父によって継続され、そうやってイエズス会の日本へのミッションを支え続けてきたのが、この皆さんが今与っているミサ聖祭です。
そして、16世紀の日本への宣教は、キリスト教の歴史の中でも稀に見る大成功を収めました。
それがどれほど成功したかというと、1612年以後、たとえ宣教師や司祭たちをほとんど失ったとしても、ミサ聖祭に与れなくなってしまったとしても、日本のカトリック教会は、信仰を保ち続けることができたからです。
何千という何万という日本のキリシタンたちは、信仰を守り、殉教していきました。
日本にあるカトリック教会は、250年の間、厳しい迫害と追跡にもかかわらず、指導者(司祭)を失ったとしても、コンチリサンの祈りと主の御恵みで、七代にわたってカトリック信仰を伝えてきました。

そして現代でも、聖伝のミサに与った時に、それがたとえ、コンクリートのビルで、ホワイトボードの前で捧げられているようなミサであったとしても、公民館の畳の上で捧げられるミサであったとしても、たとえどんな小さな子供でも、聖伝のミサに与った時に誰でも、それが本当に神聖なものであって、神秘的なものであって、厳かな荘厳な儀式であるということを、誰でも直感で分かります。そして誰でも、この前にぬかづいて礼拝したいと衝動に駆られます。

しかし、カトリック教会が、日本で世界中で、いつもどこでも捧げ続けてきたミサ聖祭であると知りつつも、この同じミサだったとしても、ある人はこれを受け入れようとしません。現実と真理とを知ろうとすることを拒否します。
何故でしょうか? ミサは同じなのですが、しかし、心の状態・態度、あるいは心の持ち方が違っているからです。残念ながら、ある人々にとって、特に地位の高いような方々にとって、聖伝のミサは都合が悪いのかもしれません。その人たちにとって、自分の信じたいものや、自分のやりたいことと両立しないように思えるのかもしれません。

「心の態度の違いによって、同じ真理の種が、イエズス・キリストの教えが違う結果をもたらす」ことを、今日の福音で、主はお話しなさろうとされます。
この今日のたとえは、使徒たちからの求めで、イエズス様御自身が私たちに説明してくださった、数少ないたとえのうちの一つです。

【遷善の決心】

では、私たちはどうすればよいのでしょうか?
私たちはどのような、どのようにすれば良い土地になることができるのでしょうか?

最後に遷善の決心を立てましょう。
聖クリゾストモによると、私たちの目に見える物質的な道ばたは道ばたのままであり、岩は岩のまま、いばらもいばらのままだけれども、理性的な存在(私たちの心)は、回心することができるということを指摘しています。
ですから、もしも私たちが回心の御恵みを頂くならば、たとえ踏みつけられたような硬い道路であったとしても、それが良い土地になり、岩だらけの石だらけのごろごろの土地であったとしても、回心すれば、岩を砕けば、良い、豊かな土地になり、また、いばらも抜き取ることができる、と聖クリゾストモは訴えています。

では、良い土地にするためにはどうしたら良いのでしょうか?
二つが必要です。まず「祈り」です。祈りの心が必要です。
次に「悔悛のこころ、罪を痛悔するこころ」が必要です。そのために働くことが必要です。
今日、長い聖パウロの書簡を読みましたが、キリスト教の敵だった彼が、どれほどキリストのために苦しみ、そして困難に立ち向かい、そして信仰の走りを走り抜いたかを描写しています。
私たちも聖パウロに倣わなければなりません。私たちのこころが、日本の聖なる伝統に従って、誠実で良い心を持って、御言葉の種を深く受け入れて、それを保ち、育て、守り抜く良い土地となりますように。祈り、痛悔の心をマリア様にお祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。