大天使聖ミカエルは天主から全て受けたことを深く知り、それに従って行動した

ソース: FSSPX Japan

2024年9月29日 大天使聖ミカエルの大祝日 大阪での説教

トマス小野田圭志神父

黙示録の天に現れる「壮大なしるし」は「さからいのしるし」 天地創造の前に天使に告げられた天主のご計画

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟姉妹の皆様、今日は大天使聖ミカエルの大祝日、日本の守護者の祝日です。ですから、今日は、一緒に天使について黙想いたしましょう。

天使は、わたしたちのキリスト教的な世界観から、いったいどんなところにいるのでしょうか。それで、天使のなかでも大天使聖ミカエルというのは、いったいどんな天使だったのでしょうか。そして、今日は、最後に、それらの黙想から選善の決心を立てましょう。

【キリスト教的な世界理解】
まず、キリスト教的な世界理解を、皆さんによく知ってもらいたいと思います。ともすると、私たちは、今ここで目に見えている世界だけがすべてであるかのように、勘違いしてしまいます。

たとえてみると、ちょうど山間(やまあい)にいる深~い洞穴(ほらあな)に住んでいる、で、それだけが世界である、と信じているかのような人々です。ですから、洞窟に住んでいて、そこから一度も出たことがないような人々は、明るい太陽の暖かい光線も、また夜空に輝くきれいな星々も知りません。また、高い山の頂や壮大な宏大な大海原…これも知りません。色とりどりに咲き乱れる花、あるいは森の茂った木陰、あるいは空を飛ぶ美しい鳥の鳴き声…これもそんなものはあり得ないと思っています…考えられない、と。

ですから、人間とは何かというと、「あっこれはね、動物だ」「肉体をもって、言葉を話して、それで社会生活を営む動物だ」とか、あるいは、「人間というのは物質だ、地球環境の一部だ」…それが人間のすべてであるかのように思い込んでしまっています。

でも、本当はそうではありません。実は、人間の本当の姿・本質というものは、この目に見える姿を、この目に見える世界を、遥かに超えています。つまり、このいまここに触っている、今ここにある物体物質というのを遥かに超えて、目に見えない時間と場所を超えた、真理・善・美・美しさあるいは永遠というものを人間は知ることができます。そして、それを愛することができます。つまり、人間というのは、洞窟の中に住んでいる洞穴の中の動物というよりも、もっと目に見えない大宇宙、大自然、目に見えない世界という大きな世界の市民なのです。

その市民のなかには、天使たちがいます。あるいは人間は、この宇宙を創られた天主様と直接結びついてそして交流している精神的な世界に属する市民たち…天使たちや諸聖人たちの、そういう美しい世界に所属している存在です。

確かに、わたしたちの知性や意志というのは、太陽に輝く燦然と輝いている天主様の知性や意志に比べれば、ちょうどロウソクの火が灯されているかのようです。ですから私たちの知性は非常に限りがあって、あるいは、目や耳や手などを使ってこのいろいろなものを知ったり、そして真理をそこから知るようにします。でも、わたしたちが持っている肉体というのは、精神活動という最も高い天主へとつながるものを知るための道具にすぎません。ですから私たちが動物的なものを持っていたとしても、物質的なものを持っていたとしても、それはもっと高い精神に霊魂に所属していて、従属していて、そして天主の世界のために秩序付けられているものなのです。

でも、この全宇宙を創られた創造主・天主様と人間だけではありません。たとえ私たちの目には見えなかったとしても、触ることができなかったとしても、莫大な数の天使たちが存在しています。

天使たちの知性あるいは意志というのは、人間と比べると遥かに優れています。凌駕しています。ちょうどたとえてみるならば――これはほんの悲しいちょっとした比喩に過ぎませんが――もしも天主さまの無限の知性がごうごうと燃える高温のものすごい熱い巨大な炎だとすると、天使たちは、その知性はちょうどそのごうごうとした炎の熱をもらって赤く輝く鉄の玉のようです。光のようですけれども、でも、熱そのものではありません。

では人間の知性はそれと比べるとどうかというと、ちょうどその炎の近くに置かれた薬缶(やかん)のようで、お湯のようです。ですから、なかにはその薬缶のなかには沸騰するようなすごい知性を持ったかたもいらっしゃいますけれども、なかにはぬるま湯のような知性を持っている方もおられます、いろいろあります。

でもちょうどそれと比較できるように、天使たちは人間の知性・意志を遥かに超えた非常に素晴らしい、天主さまにより近い純粋な霊で、それも、天の国という大きな目に見えない超自然の世界、天主の御国の重要な市民の一部を形成しています。

ですから、私たち人間は、天主さまとの交わりを持っているこういう天使たちその他多くの人々と聖人たちとの、交わりとか、社会とか、円居(まどい)のうちに生活しています、たとえ目に見えなくても。そして天主の永遠の命を受けて至福の幸せを生きるために、今ここで生活しています。

ですから、天使たちというのは、わたしたちの救いに非常に深い関係を持っています。天使たち無しに、わたしたちの救いは到達できないほどです。

これがキリスト教的な世界観、世界理解です。そして、もしも人間がいったい何であるかということをよく理解するためには、人間の本当の尊厳とか偉大さ・価値・あるいは人間の目的を理解するためには、そのような目に見えない世界を理解してはじめてその本当の理解ができます。

【大天使聖ミカエル】
ではそういう全体を見たなかで、では、大天使聖ミカエルというのは、わたしたちにとってどんな関係があって、何をなさった方なのでしょうか。

第二のポイントに行きます。

目に見えないものと目に見えるもののすべての創造主、全能永遠の天主は、ご自分の至福を分かち合うことを望まれました。そこで無限のいろいろな可能性の中から、天主の幸せに与ることができるような天使たちや人間たちをお創りになろうと、そしてかれらに善と愛を与えて施すことを全く自由に選んで、これを欲しました。

ここからは、イエズスの聖心の宣教師会(Missionarii Sacratissimi Cordis Iesu [M.S.C.]) という修道会を創立したジュール・シュヴァリエ神父 Le Père Jules Chevalier (1824-1907)様という方がいらっしゃるのですけれども、その神父様が、聖ヴィンチェンチオ・フェレール様とかコルネウス・ア・ピデとかいろいろな教父たちの本を研究して、それに基づいて、おそらくこのようなことだったろうという意見を紹介しています。【NOTRE-DAME DU SACRÉ-COEUR D'APRÈS L'ÉCRITURE SAINTE, LES SAINTS PÈRES ET LA THÉOLOGIE PAR LE T. R. P. JULES CHEVALIER 1895, pp.25-28
そこで、わたしもそれを皆さんに紹介して、「大天使聖ミカエルがわたしたちにとってどのような天使なのか」ということをご紹介したいと思っています。
では、ジュール・シュヴァリエ神父による意見をご紹介します。

● 天主様が天使たちを無から創造したのは、目に見える大宇宙を創る前であったと考えられる。天主様は、天使たちに、目に見える物質の世界を創るというご自分の計画を伝えられた。

● 天主様は、天使たちに、さらに三位一体の神秘を教えたことだろう。そしてご自分が実体において唯一だけでなく、三つの天主のペルソナがあること、そしてしかもそのうちの一つのペルソナである天主の御言葉が時において人間となるだろう、ということを示しただろう。しかも、この御言葉は、ただ人間になるのだけでなく、ある女性から生まれるだろうということを、啓示しただろう。

● しかも、天の国の市民となるべき人間たちは――つまり天の国には、天使たちだけではなく人間たちにも招かれているけれども――この天の国の市民となるこの人間たちは、すべてこの童貞の女性から生まれる子供たちである。

● さらに、天主さまは、天使たちに人間となるべき天主を礼拝するように命じたばかりでなく、天主の御母となるこの方、女性に従順に従うようにも示された。つまり、この女性を、天使たちと人間たちの上に立つ元后つまり女王として置かれるだろうというご計画を、天使たちに示された。

ジュール・シュヴァリエ神父様の説明をさらに続けるとこうです。

● これは黙示録に示されている、天に現れる‶壮大なしるし″のことでないだろうか。これは従順と反乱のしるしであって、救いと滅びのしるしであって、幼きイエズスを腕に抱く聖母を見ながら、シメオンが語った‶さからいのしるし″だったのではないか。

● 天にあらわれたしるしとは、‶太陽に包まれた婦人″である。その足の下には月があって、その頭には十二の星をいただいていた。つまり正義の太陽に身を包む聖母であって、罪の夜を足に踏む無原罪の御宿りであって、頭にはすべての聖徳で輝く星のような冠を抱く方として、この女性が天使たちに示された。

● 天使たちは、そのしるしを見たときに、壮大なしるしが天に現われたときに、この女性が将来果たすべき役割を理解した。この女性は、天主の御子の母となって天主の御子を世に与えるだろう、天主がこの女性にご自分の多くの力を権力を与えるだろう、と。そして、この女性が天主の聖寵の与える運河となるだろう、すべての聖寵はお恵みは、この女性を通ってのみ与えられるだろう。そして天主のご計画は、この女性この母親を栄光のうちに高めて、天の国の支配権をこの女性と分かち合うだろう。天使たちはこれを理解した。

ジュール・シュヴァリエ神父様のお言葉をさらに続けることを許してください。

● すると、黙示録にはこうある。黙示録を引用すると、『この婦人はみごもって、出産の悩みと苦しみとの叫びをあげていた。また天に、他のしるしがあらわれた。七つの頭と十の角をもち、頭に七つの冠のある赤い竜がいるのを見た。それは尾で、天の星の三分の一を掃き寄せて地上に投げた。竜は、出産しようとする婦人の前に立ち、産むのを待って、その子を食らおうと構えた。』黙示録の引用を終わります。

ジュール・シュヴァリエ神父様の説明によると、
● 「天使たちのうちでもっとも高い地位に就いていたルチフェル、つまり竜は、『私は従わない!』と叫んだ。ルチフェルは、天主の御言葉が天主の本性よりも遥かに低い人間となるのを、認めたくなかった。太陽がロウソクになることを、認めたくなかった。そこで、三分の一の天使たちを道ずれに、反乱を起こした。女性が天主の母となるのを止めさせようと抵抗して、妨害した。

ジュール・シュヴァリエ神父様の説明がさらに進みます。

● すると黙示録にはこうある。『そうして天に戦いが始まった。ミカエルとその使いたちは竜と戦い、竜とその使いたちも戦ったが、しかし竜は負けて、天にかれらのいるところがなくなった。大きな竜、すなわち悪魔またはサタンと呼ばれ、全世界を迷わすあの昔の蛇は倒され、地上に倒され、その使いとともに倒された。』 黙示録の引用を終わります。

シュヴァリエ神父様によると・・・

● 大天使聖ミカエルは、その時起ち上って天主の御計画を受け入れた。
● 大天使聖ミカエルは、雄叫びの声を上げます。
『ミ・カ・エル!いったい誰か天主に如(し)くもあるぞ!』
『われは主のしもべなり!』
『主の御旨のなされんことを!』
● ルチフェルを頭とする反逆の天使たちは、戦いに敗れ、そして‶壮大なしるしが現れた″天から、彼らは追放された。天においては、天主の無限の智恵と聖なる決定によって、かの‶太陽に包まれた婦人″こそが、永遠に元后である―女王であると予定されている。

シュヴァリエ神父様のお言葉をさらに続けます。

● 大天使聖ミカエルは勝利した。何故ならば、この婦人はつねに勝利者だから。どのような悪魔に対しても、どのような罪や悪に対しても、私たちの救いの敵に対して、この婦人は常に勝利して凱旋する。このことは童貞聖母マリアのことである。聖母は、イエズスの聖心にある全ての聖寵を、ご自由に使いご自由に分配する力をもっているからだ。

シュヴァリエ神父様のお言葉をさらに続けます。

● だから、私たちは何も恐れることはない。忠実な天使たちが…たとえば大天使ミカエルがそうであったように、祝福された聖母の側につかなければならない。聖母は人となった御言葉のすべての宝を所有しておられる。聖母とともにいるならば、私たちには常に勝利があり、勝利をおさめることができる。

以上がシュヴァリエ神父様の説明です。

【遷善の決心】
では最後に選善の決心を立てましょう。わたしたちはこの聖ミカエルの大祝日において、そして日本の守護者大天使聖ミカエルの祝日において、ぜひ選善の決心を立てましょう。その決心とは、「大天使聖ミカエルに倣う、模範に従う」ということです。

つまり、大天使聖ミカエルがやったように、わたしたちはすべてを天主から受けた被造物であると、謙遜にそして素直に率直に真理を認めることです。大天使聖ミカエルはこれを深く認識して、それに従って行動しました。そして「天主のものは天主に」帰(かえ)しました。わたしたちも大天使聖ミカエルに倣いましょう。どんな善いものも自分に帰(き)することはなく、ただ自分は貧しく、何も持たない人間に過ぎないと告白しなければなりません。そして、もしも何か良いものを持っていたとしたら、受けた恵みを天主に感謝いたしましょう。自分のものとしては罪を自分に帰して、そして犯した罪のために自分は罰をうけるべき者だ、と認めることにいたしましょう。

天主の目にとってすぐれた聖人たちは、自分では最も卑しい者だと考えていました。マリアさまは「主のはしため」だと考えておられました。大天使聖ミカエルは「だれが天主に如(し)くものあるぞ」、そして、多くの聖人たちはそうでした。そして、聖人たちの栄光がいま天国で偉大であればあるほど、それに反比例して、聖人たちはご謙遜でした。

なぜかというと聖人たちは、真理をもっていて、常に、天の栄光・天主の栄光・天主のみ旨を目指していたからです。そしてこの世の空しい誉れを望まなかったからです。天主だけに頼んで、天主によって支えられて、そして決してルチフェルのように驕り高ぶることはありませんでした。受けた賜物をすべて天主からのものだと認めて、そして特に、天主がわたしたちとすべての聖人と天使たちによって賛美せられることを、それだけを望んでいました。

ですから、わたしたちの人間の知・尊厳あるいは功徳というのは、わたしたちがどれほど不思議なビジョンをみたかとか、どれほどの天からの慰めを得たかとか、どれほど奇跡を起こすことができるかとか、預言をすることができるか、聖書に通じているか、どれほど高い地位にあるか、ではなく、大天使ミカエルのようにあるいはマリアさまのように、どれほど謙遜に根を張っているか、天主への愛を持っているか、清い意向を持っているか、天主の光栄のために働いているか、そして自分はすべてを天主から受けた空しい者だと考えているか、そして、自分をどれほど軽んじてそして天主のみ旨こそ求めているか、にあります。

今日 福音では、弟子たちが天の国で誰が一番偉大かと尋ねたとき、主は『あなたたちが、子供の状態に立ちかえらないなら天の国には入いられないだろう。誰でも、この子供のように遜(へりくだ)る人が、天の国では偉大な人である』(マタイ18・3-4)。‥‥ですから天の国に入る門は非常に低くて、謙遜に天主に従わなければ天国には入れないということを、教えています。

すべては天主から来るものであって、天主から出るものでなければわたしたちは何も持っていません。そして、すべてを与えた天主は、すべてがご自分に帰されることをお望みになります。そして、それを受けた者があれば、すべてそれに感謝することを、厳かに要求されます。

では、大天使聖ミカエルにお祈りいたしましょう。わたしたちも常にこの真理を認めることができますように。そして大天使聖ミカエルにお願いして、ぜひわたしたちも常に大天使聖ミカエルのようにマリアさまの側につくように、マリアさまとともにこの救霊の戦いを悪魔に対して戦うことができますように、お祈りいたしましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。