待降節第二主日の説教―待望のメシア(2025年、大宮)

ソース: FSSPX Japan

洗者聖ヨハネ

待降節第二主日の説教―待望のメシア(2025年、大宮)

2025年12月7日 ブノワ・ワリエ神父

待降節第二主日の説教―待望のメシア(2025年、大宮)

親愛なる兄弟の皆さま、

今日の福音を詳しく見てみましょう。なぜなら、私たちの主の神聖な使命を疑っているかのように思える洗者聖ヨハネの態度に、私たちは驚くかもしれないからです。

洗者ヨハネが、自分の弟子たちをイエズスのもとへ送り、イエズスの使命について質問させたとき、彼はイエズスの到来も、またイエズスのメシアとしての尊厳も、知らないわけではありませんでした。彼は、イエズスが「世の罪を除く天主の小羊」であることを知っていました。なぜなら、彼はイエズスの神性を知らなかった者たちに、自らイエズスを示していたからです。実際、先駆者は、父なる天主の証しする全能のお声を聞いていました。「これは、私が喜びとする、いとし子である」(マテオ3章17節)。さて、私たちの救い主がユダヤ人たちに、ラザロが葬られた場所を示すようお求めになったのは、ご自身がその場所をよく知っておられたにもかかわらず、そこへ同行する者たちが、後に起こるラザロ復活の奇跡を目撃することで、主の神聖な使命を信じ始めるようにするためだったことを、私たちは知っています。同様に、洗者聖ヨハネは、自分の弟子たちをイエズスのもとへ送りましたが、それは、弟子たちが、イエズスの奇跡と、その神聖にして全能の力の働きを目撃することで、イエズスを信じるとともに、天主なる教師ご自身から教えを受け、個人的な師として質問することができるようにするためでした。

洗者聖ヨハネの弟子たちは、イエズスにこう尋ねました。「来るべきお方は(メシアは)あなたですか。それとも、他の人を待たねばなりませんか」。しかしイエズスは、この質問に単純に「はい」とお答えになる代わりに、ご自身の奇跡について触れられ、こう言われました。「行って、ヨハネにあなたたちが見た奇跡を伝えよ。盲人は見え、足なえは歩き、また、あなたたちが目にした他のすべての奇跡的な癒やしのことを話せ。そして、私の教えを伝えよ」。このお答えによって、イエズスは、ご自身がまさにメシアであることを示されたのです。なぜなら、預言者イザヤが650年前に救い主のみわざについて語った言葉を、イエズスは明確に引用されたからです。

しかし、イザヤが、キリストの御誕生と御受難について非常に詳細な預言をしたため、「第五の福音史家」と呼ばれるにふさわしいにもかかわらず、私たちの主は、洗者聖ヨハネを預言者の中で最も偉大な者と呼ばれました。それは、ヨハネが、すでに到来したメシアを指し示したからです。さらに洗者聖ヨハネは、ヨルダン川の水でイエズスに洗礼を授けるという彼にふさわしい特権を与えられた点で、他の全ての預言者と比べて際立っていました。このため、私たちの主は、預言者マラキによる、メシアとその先駆者の到来の告知を引用されたのです。「私はあなたの前に、道を整える使いを送る」と。

親愛なる兄弟の皆さま、

この待降節に、私たちの救い主イエズス・キリストへの強い信仰と堅い献身を新たにしましょう。幼きイエズスの聖テレジアが、こう力強く語ったように。「私たちは、天主に望むのと同じほど、天主から受けるのです」。今は、大いなる望みの典礼の季節です。「天主なるメシアよ、来り給え!」「主よ、来り給え、遅れ給うな」。アーメン。