陳枢機卿、聖ピオ十世会の問題に教皇の介入を要請

ソース: FSSPX Japan

ヨゼフ陳枢機卿

香港名誉大司教であり、アジアのカトリック界で最も尊敬される指導者の一人であるジョセフ・陳枢機卿は、自身のウェブサイト oldyosef.hkcatholic.com に、聖ピオ十世会の現状に関する考察を掲載した。

四旬節第二週の金曜日である3月6日に公開されたこの文章は、福音書およびその日のミサの朗読箇所を引用し、教会内の「聖伝」をめぐる現在の緊張について論じている。

この考察の中で、陳枢機卿は聖座と聖ピオ十世会との対話の問題に直接言及している。彼はまず、離教は教会にとって重大な損害をもたらすものであり、避けなければならないと述べている。(聖ピオ十世会には分裂を引き起こす意図は一切ない。もし司教聖別を進めようとするとしても、それは離教を意図するものでは決してない。むしろ、教会に奉仕する使徒職の継続を確保することのみを念頭に置いている)。

枢機卿はさらに、聖伝に固執する多くの信徒が直面している良心の問題の深刻さを強調している。彼は根本的な問いを投げかける。「教会の聖なる伝統(聖伝)を明白に否定する教えに従うよう、どうして人に強いることができるだろうか?」

教皇の介入を求める声

陳枢機卿はこの考察の中で、聖ピオ十世会と教理省との間で進行中の協議に言及している。しかし、彼は現在の状況下におけるそのような対話の展望について、率直に疑問を呈している。「聖ピオ十世会は教理省の長との対話を行うよう派遣されたが、この対話に何らかの希望はあるのだろうか?」

枢機卿は、しばしば「トゥチョ」の愛称で呼ばれるヴィクトル・マヌエル・フェルナンデス枢機卿が率いる教理省の現在の指導部に対し、躊躇なく懸念を表明している。彼によれば、同枢機卿のビジョンは、聖伝の擁護と両立させるのが困難であるように思われる。

こうした文脈において、陳枢機卿は、特に同会が宣教活動の継続を確保するために構想している司教聖別に関して、教皇レオ十四世自らがこの問題に責任を持って取り組むよう暗に呼びかけている。

聖伝のラテン語ミサの問題

枢機卿の考察は、現在の緊張の核心にある聖伝の典礼の問題にも及んでいる。彼は、聖伝のラテン語ミサを廃止することは誤りであると考えている。「そして、聖伝のラテン語ミサについてはどうだろうか?それを排除しようとするのは明らかに誤りである。」

この言葉は、聖伝のラテン語の典礼を教会の霊的な宝であり、カトリック信仰の真の表現であると考える世界中の多くの聖職者や信徒の懸念を反映している。

教会の真の統一は、受け継がれてきた聖伝に忠実であり続けることによってのみ築かれる。陳枢機卿のこの訴えは――第二バチカン公会議の逸脱を、いわゆる「公会議の精神」に帰することで公会議そのものを守ろうとする彼の懸念や、ノヴス・オルド(新しいミサ)を救おうとする典礼の「改革の改革」への願望にもかかわらず――、聖ピオ十世会の深い信念と共鳴している。聖伝への忠実さは、教会への拒絶ではなく、むしろその一致と継続への奉仕である。

聖ピオ十世会が構想する司教聖別は、この視点の一部である。すなわち、断絶なく司祭職とカトリック信仰の伝承を保証することである。これは、マルセル・ルフェーブル大司教が行った活動と一致するものである。

この四旬節の期間中、信徒は教会のために祈るよう招かれている。そうすることで、盲目的な服従ではなく、真理とカトリック聖伝への忠実さにおいて、一致が達成されるように。


【参考文献】
2026年3月6日(金曜日)
聖ピオ十世会の件に関する陳枢機卿の見解
ジョゼフ陳枢機卿(香港)

四旬節第二週の金曜日

聖ピオ十世会の件を前にして、聖伝主義者たちさえも意見が分かれているように見えます。これはよく理解できることです。考慮すべき点が二つあります。
A)離教は教会に深刻かつ永続的な害を引き起こすため、あらゆる努力を払って回避しなければなりません。しかし一方で、
B)次の良心に関わる重大な問題も尊重しなければなりません。「教会の聖伝を明らかに否定する教えに、どうして従わなければならないのか」。

では、この件はどのように解決できるでしょうか。

聖ピオ十世会は教理省長官との対話に派遣されましたが、この対話から少しでも希望の光は見えるでしょうか。

今日のミサの第一朗読と、以下の答唱詩篇を読むと、次のように考えることができます。

ヨゼフ=聖ピオ十世会
ヨゼフの兄弟たち=トゥチョ枢機卿
ルベン=レオ教皇(おそらくシュナイダー司教の協力を得て)

「ヨゼフの兄弟たちは彼を憎んでいた」。

教会の聖伝を破壊しようと思っているトゥチョが、聖ピオ十世会を憎まないわけがありません。彼らが破門されるのを見て、きっと喜ぶでしょう!

では、もう希望はないのでしょうか。

善き兄ルベンがいます!

善き父レオがいます!

天主の家族の一致は彼の心の奥底にあります! でも、もし子どもたちが公会議を受け入れなかったらどうしますか。

レオ教皇は聞く耳をお持ちのお方です! いわゆる「公会議の精神」の名の下に行われながらも、教会の聖伝に反し、公会議に反する行為があることを理解し、その子どもたちにも理解させてくださるでしょう!

では、聖伝のラテン語ミサはどうでしょうか。明らかに、それを廃止しようとするのは誤りです! ノブス・オルドは公会議の教父たちの意向を尊重していませんでした(アタナシウス・シュナイダー司教はこの点について豊富な証拠を集めています)。

ベネディクト教皇は「改革の改革」について語る際に、二つの形式のローマ・ミサ典礼が相互に豊かにする可能性を認めました。

レオ教皇を信頼しましょう。彼は公会議の文書に関する要理教育を始めています。私たちは皆、この文書に立ち返らなければなりません!