使徒聖マティア
2025年2月24日 トマス小野田圭志神父説教(札幌)
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟姉妹の皆様、
今日は、使徒聖マティア(マティアス)の祝日を祝っています。
いったい聖マティアという人は、どのような方でしょうか?
一緒に黙想致しましょう。
(本来ならば、使徒聖マティアは殉教者ですから、赤の祭服を着なければなりませんが、残念ながら、札幌のミッション用の赤はないので、特別許可を使って白でミサをしています。)
【聖マティアの選び】
聖マティアは、今日の使徒行録にある通り、ユダ(イスカリオテ)の代わりに選ばれました。
イエズス様が昇天されて聖霊降臨を待っている間、百二十人くらいの弟子たちは、エルサレムで、一緒に心を合わせてお祈りをしていました。
そのころ、使徒の頭であるペトロが弟子たちの前に立って、聖書の預言は成就されなければならなかったこと、そして、聖書にある通り、十二使徒のうちのひとりで、主イエズスを金で売った裏切り者のイスカリオテのユダの代わりを選ばなければならない、ユダ・イスカリオテの場は、他の者に譲られなければならないことを宣言します。
何故なら「詩篇には、「かれの家はさびれ、だれ一人住む人もなくなるように」、また、「かれの役は、他の人が受けるように」と書かれている」からです。
聖ペトロは、言葉を続けてこう言います。
「そこで、主イエズスが、私たちとともに生活された間、ずっと私たちとともにいた人々の中から、すなわち、ヨハネの洗礼の時から私たちをはなれて昇天されたその日まで、始終ともにいた一人が、私たちとともに、その復活の証人とならなければなりません」。
そして、これを成就させるために皆で祈り、イエズス様が洗礼を受けた時から昇天されるまでの復活の証人を選ぶことが決まりました。
その中で、イエズス様とともに行動していた者が、その時二人いました。最もふさわしい、そして条件に適う者が二人いました。
一人はバルサバと呼ばれ、義人ユストとあだ名を付けられていたヨゼフでした。
そしてもう一人が、今日私たちが祝うマティアスでした。マティアというのは、ヘブライ語の「マティティヤ」からきて、「ヤーウェの賜物」という意味の名前です。
アレクサンドリアの聖クレメンテとエウゼビオ、また聖エロニモによると、聖マティアは、主が選んだ七十二人の弟子のうちの、そして、二人ずつ派遣したそのうちの一人だと伝えられています。イエズス・キリストのことを側からいつも見ていて、そしていつも行動していたうちの一人でした。
弟子たちは「すべての人の心を知っておられる主よ、この二人のうち、どちらをお選びになるかをお示しください。自分の行くべき所に行くためにユダが退いたその使徒職の役目の席を受けるための人を」と一緒に祈りました。
主の御旨が何か、主の御望みは何か、熱心に祈った後、二人にくじを引かせると、それがマティアに当たりました。
マティアは、十二使徒の一人として聖霊によって選ばれ、使徒に加えられました。
非常に謙遜であった聖マティアは、使徒として選ばれると、自分の使命を熱心に遂行しました。主の召し出しに完全に従い、そして以後熱心に、イエズス・キリストの復活を証明して、そして宣教に出ました。
記録によると、最初はユデア地方に、後にはカッパドキア、それからカスピ海の海岸に行って宣教したと言います。
聖マティアはどのように殉教したのか、詳しく私たちは知ることができません。
何故かというと、色々な伝えがあって、それが必ずしも一致しているとは言えないからです。
ある伝えによると、聖マティアは、エチオピアのコルキスというところで、十字架につけられて殉教したと伝えられています。
【遷善の決心】
では今日、聖マティアの祝日で、私たちはどんな遷善の決心を取ったら良いでしょうか?
何をそこから教えとして受けたら良いでしょうか?
アレキサンドリアの聖クレメンテによると、聖マティアは、主が教えた通り、情念を従わせるために、まず肉体の克己を、肉体の、情欲の苦行を熱心に行なっていたとのことです。
そして、私ではなくイエズス・キリストの御旨が行われるようにと努力していたとのことです。
一つのそこから思われることは、教会が、昨日ちょうど六旬節で、四旬節の準備をしているように、聖マティアを私たちの前に出して、私たちも良い四旬節を送るために、肉体の苦行を聖マティアに倣って行なうべきだと提示しています。
もう一つは、聖マティアがどのように選ばれたかということを考えると、たとえ主が選んだ使徒のうちの一人であったとしても、残念ながらその役に忠実でなかった者がいた、主を裏切ってしまう者がいたということです。ユダ・イスカリオテ。
ですから、私たちは、聖職者のためにたくさん祈らなければならないということです。
主から選ばれた者たちが、その召し出しに最後まで忠実でありますように——。
主を裏切ることが、金のために、あるいはその他の地上のことのために裏切ることがないようにお祈り致しましょう。
第三には、聖マティアスがどのように選ばれたかということを考えると、弟子たちが一生懸命に祈り、聖霊の導きによって偉大なる使徒、聖マティアスを選ぶことができた。
私たちも、聖なる司祭が、聖なる使徒職を行なう、聖なる多くの司祭たちが与えられますようにお祈りをしなければならないと、聖マティアスを選んだその人々、選ばれたその時の状況が、私たちに多くのことを教えています。
祈ることによって、人々の心がますます良い豊かな土地に変わり、そして主の御言葉を受け入れることができるようになるからです。
四旬節も、肉体の苦行のみならず、祈りの時となりますように、お祈り致しましょう。
また最後に、聖マティアスは、もしかしたら、最後の夕方の、最後の一時間しか働かなかったような、最後に選ばれた使徒かもしれません。しかし、偉大な使徒でした。
ですから、たとえ私たちが今まで冷淡であったとしても、今まで聖伝のミサを知らなかった、今初めて聖伝のミサに出会ったとしても、それは別に問題ではありません。
あるいは、今まで聖伝のミサを否定していた、聖パウロのように攻撃していたとしても、それは問題ではありません。
私たちは、主から今招かれており、そしてイエズス・キリストが真の天主であると、イエズス・キリストが復活した真の天主であると、真の救い主であるということを、私たちが言葉と生活と、行ないと祈りと、すべてにおいて表明するために、聖マティアに倣うことができます。
聖マティアスが選ばれたのもまさに、御言葉を宣教するためでした。
たとえ良い土地があったとしても、たとえどれほど素晴らしい豊かな、札幌のような、綺麗な水のある、そして豊穣な土地であったとしても、作物がたくさん実る土地であったとしても、しかし、種(主の御言葉の種)が植えられなければ、それは実りのないまま残ってしまいます。
しかし、聖マティアスは、主の教えを、信仰の種を蒔きに、蒔くために選ばれていました。
「かれらは、まだ信じなかったものを、どうして呼び求められよう? そしてまだ聞かなかったものを、どうして信じられよう? 宣教する者がなければ、どうして聞けよう? 遣わされなかったら、どうして宣教できよう?」
ですから、私たちも今日、四旬節を前にして、私たちが良い土地となるようにお祈りするのみならず、多くの方々が良い土地となりますように。またその土地に、真の信仰を伝える誰かが派遣されることができるように、お祈り致しましょう。
聖マティア、我らのために祈りたまえ!
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。