ルフェーブル大司教の講話 聖ピオ十世司祭兄弟会の司祭たちへ 1990年9月6日
1990年9月6日 エコン神学校 聖ピオ十世司祭兄弟会の司祭たちにされた講話
訳者 聖ピオ十世司祭兄弟会
スイス・エコン神学校
将来に関してですが、私は一般信徒たちが皆さんに尋ねるかもしれない質問、例えば「ローマとの関係は打ち切られるのでしょうか?」という、司祭会の中で起きている事柄についてよく御存知でない人々から私がしばしば受ける質問について少しだけお話ししたいと思います。
数週間前、恐らく3週間前になりますが、私は再びオッディ枢機卿閣下から「ところで大司教様、解決の方法を何もお持ちでないのですか?」という電話を頂きました。そこで私は「閣下こそ変わる必要があります。聖伝にお戻りください。これは典礼の問題ではありません。信仰の問題なのです」と答えました。枢機卿閣下は抗議しました「いえ、いえ、これは信仰の問題じゃありません。いえ、違います。教皇様には貴方を迎え入れる準備が出来ていますし、そうする事をお望みなのです。貴方の側で、赦しを求めるほんの僅かな意思表示をして下さい。ちょっとした懇願でいいですから。そうすれば全て決着するのです」。オッディ枢機卿はちょうどこんな感じで話します。
ですが、彼は何一つ分かっていません。どこにも行き着きません。行き止まりです。彼は何も理解していないか、何も理解したくないかのどちらかです。残念ながら、同じ事が約4名の枢機卿方に当てはまります。パラッツィーニ(Palazzini)、スティックラー(Stickler)、ガニョン(Gagnon)そしてこのオッディ枢機卿です。彼らはローマで発言力や影響力を持っていませんし、一切の影響力を失っています。今彼らにできることとは、聖ペトロ会のために叙階式を執り行ったりする事だけなのです。それ以外に彼らの仕事はありません。皆無です。
一方で、問題は相変わらず深刻であり、相変わらず非常に深刻なままです。私たちは絶対にそれを軽視してはいけません。つまり私たちとしては「何時になればこの危機は終わるのでしょうか?私たちは何処かに向かっているのですか?私たちの典礼や秘跡に対して許可を頂く方法はないのですか?」という類いの質問をしてくる一般信徒の皆さんにこう答えなければならないのです。
もちろん典礼や秘跡の問題は重要ですが、それが最重要の問題ではありません。最重要の問題とは信仰の問題なのです。ローマではこの問題が未解決のままです。私たちにとってそれは解決済みなのです。私たちは永遠の信仰を持っています。それはトレント公会議公教要理や聖ピオ十世の公教要理の信仰であり、またそれ故にカトリック教会の、全公会議の、そして第二バチカン前の全教皇たちが持っていた信仰なのです。今や公式の教会は、第二バチカンの誤った思想と重大な誤謬の中で、言ってみれば頑固に堅忍しているところです。それだけははっきりしています。
タム(Tam)神父様がメキシコから私たちにオッセルヴァトーレ・ロマーノ紙の切り抜きを送って下さっています。それは教皇聖下やカザロリ枢機卿、またラツィンガー枢機卿による演説の記事です。これがカトリック教会の公文書なのですから、誰もがその確実性を疑えません。この内容は唖然とさせるものです。
近頃(私は失業中ですから)私は、自由主義カトリック教義(le catholicisme libéral)について、皆さんよく御存知のバルビエ神父執筆の本 l’Histoire du liberalisme <自由主義の歴史>を再読しました。私たちの戦いがちょうどフランス革命以降になる、19世紀の偉大なカトリック教徒たちのそれであって、ピオ六世、ピオ七世、ピオ八世、グレゴリオ十六世、ピオ九世、レオ十三世、聖ピオ十世という、ピオ十二世までの教皇たちが交えた戦いであると知る事は感動的です。それでは、この戦いは何処に要約されますか?それはピオ九世によるクワンタ・クーラ(Quanta Cura)やシラブス(Syllabus)、そして聖ピオ十世によるパッシェンディ・ドミニチ・グレジス(Pascendi Dominici Gregis)においてです。これらの文書は素晴らしいもので、当時の騒ぎを起こし、聖座の教義が近代の誤謬に面と向かって発表されました。近代の誤謬とは、革命中に表明された誤謬、それは特に人権宣言の中にある教えです。
これが、今日私たちがそのただ中にある戦いで、同じ戦いです。つまりシラブスに賛成する人々、クワンタ・クーラに同意する人々、パッシェンディに賛成する人々がいて、またそれに反対する人々がいます。とても単純です。
これらの公文書に反対する人々は、革命の原理である近代主義の誤謬を受け入れています。これらの公文書を擁護する人々は、真のカトリック信仰に留まっているのです。
第二バチカンは反シラブスであるとラツィンガー枢機卿が公式に発言された事を皆さんはよく御存知ですね。これで、彼は明らかに反シラブスの立場を取っているのです。それはつまり彼が革命の原理を取り入れているという事になるのです。さらに、彼ははっきりとこう言いました。「カトリック教会は【第二バチカン公会議によって】、自分の原理ではなく、近代社会に由来する原理を自分のものにしようと、自らを開いた」。教会の原理ではなく、近代社会に由来する原理とは、皆が理解するように、フランス革命の原理、人間の権利です。
私たちはちょうど、ピ(Pie)枢機卿やフレッペル(Mgr. Freppel)司教、ルイ・ヴォイヨ(Louis Veuillot)、アルザス地方の代議士ケラー(Keller)、スイスのメルミヨ(Mermillod)枢機卿の立場にいます。彼らは大多数の司教たちと共に善き戦いを戦ったのです。当時は自分に賛同してくれる大多数の司教を得るという幸運が彼らにはありました。
しかしながら、デュパンルー(Dupanloup)司教や、彼に続いた一部のフランス人司教たちは例外を作り上げ、反シラブス派をつくりました。同様に、ドイツやイタリアのごくわずかの司教たちは公然とシラブスとピオ九世に反対しましたが、これはどちらかと言えば例外的でした。
もちろん、革命勢力や、革命を相続する勢力らが存在しており、デュパンルー(Dupanloup)、モンタランベール(Montalembert)、ラムネ(Lamennais)などが革命に援助の手を差し伸べており、これらの支援勢力もありました。彼らは人権に反対してでも天主の権利を守ろうとはしませんでした。これらのリベラル派が言っていたことは、「私たちは、全ての人間の権利のみを要求する、つまり全ての人がもつ、全ての宗教が持つ、権利であって、私たちが要求するのは天主の権利ではない」のです。
私たちはそれと同じ状況にいます。幻想を抱いてはいけません。つまり私たちは非常に熾烈な戦いをしている真っ最中なのです。その戦いは教皇たちの全系列によって保証されているのですから、私たちは尻込みしたり恐れる必要などありません。
ある方々はこれやあれを変更して、ローマと教皇には力を貸したいと思われるかもしれません。もしもローマと教皇が聖伝の戦線にいて、19世紀と20世紀前半の全教皇たちの仕事を継続しているのであれば、もちろんです。ところが彼ら自身、自分たちが新しい道を採用した事や、第二バチカン公会議が新たな時代の幕を切って落とした事、そしてカトリック教会が新しい段階を経験している事を認めています。
信徒たちにはこの事を教えるべきだと私は思っています。彼らが教会史全体とひとつになっていることです。何故なら、結局のところこれは革命前にまでも遡るからです。つまり天主の国に対するサタンの国の戦いにまでです。
どうすればこれは解決するのでしょうか?これは天主の秘密であって、神秘です。ただ心配する必要はなく、善き天主の聖寵に信頼する必要があるのです。
ラツィンガー枢機卿やカザロリ枢機卿、ヴィルブランド(Willebrands)枢機卿、その他多くの人々同様に、教皇が表明している思想である、現在のローマに蔓延している思想と戦わなければならないのは明白です。これらの思想は、教皇たちが1世紀半に亘って荘厳に述べ、断言された事柄の逆を繰り返す事なので、私たちはそれと戦います。
ですから選ばなければなりません。次は私が教皇パウロ六世に申し上げた事です。「私たちは聖下と公会議を選ぶか、あるいは聖下の前任者たちを選ぶか、どちらかを選ぶことを余儀なくされています。カトリック教会の教義を主張された前任者たちについて行くべきでしょうか、それとも聖下が主張された第二バチカン公会議の新しさについて行くべきでしょうか」。彼は私に「おお、ここで神学論争をしている場合じゃありません」とお答えになりました。ですからそれははっきりしています!少しも躊躇するには及びません。
私たちを裏切りつつある人々と一緒にいるかいないかということについては、少しも躊躇するには及びません。柵の向こう側の隣の庭をすばらしいと見たがる人は何時もいます。彼らは味方を、つまりまさに戦場で抵抗している味方を見る事をせずに、敵の方を眺めるわけです。
「寛大でなければならない」とか、「思いやりを持たなければ」そして「分裂を回避しなければならない」と彼らは言っています。「何れにせよ、このような方々も正当なミサを捧げていますから、言われている程の悪人ではありません」などと。
そうではあっても、やはり彼らは私たちを裏切っています。彼らはカトリック教会を破壊する人々、そして近代主義と自由主義の思想を持った人々に手を貸しています。しかもカトリック教会から排斥されたこれらの思想の持ち主に手を貸しているのです。つまり彼らは悪魔の仕事をしているのです。
聖主の君臨と霊魂たちの救いのために以前私たちと一緒になって働いていた人々が、今度はこんなことを言い出すのです。「おお、正当なミサを認めてくれさえすれば、ローマに手を貸す事は可能ですし、問題はありません」。しかし、私たちはこれがどんなことになるか眼にしています。彼らは行き詰まっています。誰も近代主義者に手を貸すと同時に、聖伝を守りたいと望む事など出来ないのです。できません。その様なことは出来ません。
聖伝に連れ戻し、聖伝に改心させるために彼らと接触しつづける、はい、いわばこれが本来のエキュメニズムです。ですが、結局は分裂を起こしたと後悔しているとか、彼らと上手く話し合いたいという印象を与える事は出来ません。彼らは、私たちが死体のような聖伝主義者だとか、死体のように硬直しているなどと言っています。彼らによれば、私たちは生きた聖伝ではなく、「活気も喜びもない」陰気な聖伝なのだそうです。信じられません。考えられません。こういう人々とどのような関係を持つというのでしょうか?
これは、一部の一般信徒方との問題を生み出しています。彼らは、非常に心優しく、私たちに賛同して下さり、4司教の聖別に賛成してはいますが、それと同時に、以前一緒だった人々で、4司教の聖別を受け入れず今では私たちに反対している人々ともはや一緒ではないことを、ある種の心に秘めた後悔をしています。「それは残念だ、私たちは分裂している、彼らと会って一杯やって、彼らに手を差し伸べよう」と。
これは裏切りというものです。このような人々は、機会さえあれば、私たちから離れた人々と一緒になって私たちから立ち去ることでしょう。そこで人々は何を望んでいるのか、決断する必要があります。
何故なら、こういう事が全ヨーロッパのキリスト教世界を滅ぼしてしまったからです。それはフランスの教会のみならず、ドイツやスイスなどの教会も滅ぼしました。フランス革命の定着を許したのはこれです。つまり、自由主義者たちですが、彼らがカトリックの原理を持たない人々に手を差し伸べた事にあります。
私たちはカトリック教会の破壊と、聖主の社会的君臨の崩壊にも協力したいのか、あるいは、私たちは聖主イエズス・キリストの君臨のために働く決心が固まっているのか、決断する必要があります。
私たちと働こうとして一緒に来たいと思う人々がいれば、天主に感謝!、私たちは彼らを一人残らず歓迎致しますし、彼らが以前どのような人々であったとしても、どちらから来たとしても、問題ありません。ただし、彼らがリベラルな人々と仲良くし、その人々と協力するために、私たちとは別の道を行くなどと言わせないようにしてください。
全19世紀にわたって、カトリック教徒たちはこのシラブスという文書に関して、賛成、反対、賛成、反対と文字通り引き裂かれました。特に、シャンボール伯(le comte de Chambord:フランス、ブルボン家最後の王位継承候補だったが、三色旗の承認を拒絶したために、王位に就く事が出来なかった)を皆さんは思い出してください。彼は、旗を変えたという理由で、フランスの1870年革命の後に、フランス王となることを拒絶したと批判されました。しかし、これは一般に言われているような旗の問題ではありませんでした。シャンボール伯はフランス革命の原理に従う事を拒絶したのです。彼は言いました。「革命のための合法的な王となる事には、私は絶対に同意致しません」。そして彼は正しかったのです。何故なら、「議会による王」となること、そしてそうすることによって革命の原理を受け入れるという条件で、彼は国とフランス議会から王となることを投票されて認められていただろうからです。「お断りします。私が王となるべきならば、革命以前の我が祖先がそうだったような王となるつもりです」と彼は言いました。
彼の言う通りです。私たちは選ばなければなりません。シャンボール伯は、教皇と一緒に、革命以前の原理を、つまりカトリックの原理、反革命の原理を選択したのです。そして私たちもまた反革命である事を選びましたし、シラブスに従い、近代主義の誤謬に反対して、カトリックの真理にいる事とそれを守る事を選択しました。
【注:シャンボール伯は、フランス、ブルボン家最後の王位継承候補だったが、王となるためには、フランス国旗(百合の旗)を棄てて三色の革命旗を受け入れるよう要求され、それを拒絶して、革命議会の下での王位に就く事を拒否した。】
カトリック教会とリベラルな近代主義者との間のこの戦いは、第二バチカン公会議についての戦いとなっています。単純にそうです。午後の2時に正午を探し求めてはいけません。さらにこのことは遙か遠くまで結論が導き出されます。第二バチカン公会議の公文書と教会当局が第二バチカン公会議に与えた解釈を分析すればするほど、エキュメニズム、信教の自由、司教団体性、ある種の自由主義という、いくつかの誤りや表面的な誤謬の問題に留まらず、これは精神の堕落(une perversion de l’esprit)の問題だということ、主観主義という近代哲学に基礎を置く完全に新しい哲学の問題であることに気づきます。
ドイツ人神学者が出版したばかりの本【Theologische Weg Johannes Pauls II zum Weltgebetstag der Religionen in Assisi, Johannes Doermann】があります。それは皆さんが手にする事が出来るようフランス語に訳される事を期待しているのですが、それはこの点について大変参考になります。この本は教皇様【=ヨハネ・パウロ二世】の思想を批評しています。特に、単なる一司教として、彼がバチカンで指導された黙想会における教皇の思想を批評しているのです。教皇の思想の中では、全てが始めから最後まで主観主義的だと彼は見事に説明しています。この本を読んだ後、教皇様の演説を再び読み直すと、彼の思想とは確かに主観主義的だとよく分かります。
それはカトリック的な外観を持っているにもかかわらず、カトリックではありません。教皇様が、天主、そして聖主について持つ思想は、彼の意識の深奥部から来ているのであって、彼がその知性によって従っている客観的天啓から来ているのではありません。彼は天主の概念を築いているのです。彼は最近、ある--- 考えられない! ---文書の中で、三位一体の概念はかなり後になってからしか生れなかった、何故なら人間の内的心理が三位一体とは何かを作り上げて辿り着く事が出来なければならなかったからだ、と言いました。つまり三位一体という概念は天啓から来るのではなく、意識の深奥部から来ているということです。<つまり我々の認識主観の状態にかかわらず永遠に実在する三位一体を否定し、単に人間の認識主観の産物である概念にまで貶めた。>これは天啓、信仰、そして哲学に対する全く異なった発想であり、全くの倒錯です。
どうやってそこから抜け出るのでしょうか?私には皆目見当もつきませんが、いずれにせよ、これは事実です。そしてこのドイツ人神学者はそれを証明しています。これは本当に恐るべきことです。
これは些細な間違いではありません。私たちは、デカルトやカント、それから革命を準備した近代哲学者たち全ての系譜にまで遡る哲学の全潮流を前にしているのです。
これは1989年6月2日のオッセルヴァトーレ・ロマーノ紙に公表されたエキュメニズムに関する、ノルウェーでの教皇様の言葉から引用したものです。
「北欧諸国への私の訪問は、全てのキリスト教徒の一致を促進する事であるエキュメニズムという事業に対するカトリック教会の関心の確認であります。25年前、第二バチカン公会議はカトリック教会に対するこの挑戦<エキュメニズムに対する要求>が切迫している事を明確に強調致しました。私の前任者たちは、神性なる泉でありエキュメニカル<キリスト教会一致>運動の保証である聖霊の恵みに粘り強い注意を払ってこの目標を達成せんと努めたのです。教皇在位期間の初めから、私はエキュメニズムを司牧活動上の心遣いと致しました」。はっきりしています。
教皇様が他にも多くエキュメニズム関連の演説を休みなくしておられるのも、彼がギリシャ正教徒の代表団や、全ての宗教とありとあらゆる宗派の代表団を何時も迎え入れているからです。
ですが、このエキュメニズムはカトリック教会を少しも進歩させなかったと言う事が出来ます。これは他宗教者たちを改宗させる努力はせずに、彼らが誤謬に留まるよう元気付ける事以外何もしませんでした。そこで言われる事は、全てちんぷんかんぷんです。例えば、「交わり(la communion)」だとか、「近づき」だとか、「私たちはすぐに完璧な共同体の中にいることを望む」だとか、「私たちは近く一致の秘跡において交わる事が出来ると確かに希望する」とか、その他も同様です。しかし彼らは前進などしません。前進する事などあり得ないのです。
これもオッセルヴァトーレ・ロマーノ紙に掲載されていたことで、国連の人権委員会に向けたカザロリ枢機卿による話です(1989年2月)。「皆様のところに参上するようにとの私に対する御招きに大いなる喜びをもってお応えし、皆様に聖座からの激励をもたらすために、私は、良心に基づいた思想と行動との基本的自由、即ち信教の自由の特定の観点について、少しお話しする時間を頂きたいと思います。皆さんには私の気持ちがお分かりになるでしょう」(一大司教<カザロリ枢機卿>の口からこの様な事を耳にするとは!)。「ヨハネ・パウロ二世は昨年、世界平和の日(la Journée mondiale de la paix)に向けたメッセージの中で、信教の自由は、人権という建物において、角の親石であると断言する事を躊躇しませんでした。カトリック教会とその最高牧者は、特に後者は人権をその説教の最大のテーマとされたのですが、次のことを想起させる事を忘れませんでした。つまり、人間によって、また人間のためにこそ作られた世界における...」(カザロリ枢機卿が言われたのですよ!)「...社会の全組織は、それが人間的次元を中心的な関心事とする程度に応じてのみ意味を持つ、と」(天主について、つまり人間における天主の意義については言及されていません。恐るべきことです。これは異教です。キリスト教ではありません)。それから彼は続けます。「各々の人間および全人類、これこそが聖座の関心事であり、これは間違いなく皆様の関心事でもあるのです」。
これ以上、することなどありません!私たちはこういう人たちと何もする事など出来ません。彼らと共有するものを私たちは何も持っていないからです。
それから私たちの有名なラツィンガー枢機卿が、第二バチカン公会議は反シラブスだったと発言しました。この発言を今頃きまり悪く感じているのは、私たちがそれについて度々引用して批判するからです。
そこで、彼は1990年6月27日の弁明を見いだしたわけです。皆さんは、教導権と神学者との関係を説明する重要な文書をローマが発行した事を御存知です。彼らはほとんど至る所に散在する困難【神学者たちの言いたい放題の荒唐無稽な発言】からどうして抜け出したらよいか分からないものですから、彼らに過度な非難をすることを避けつつ神学者たちの過ちを直そうとしています。それは厖大なページ数となっていて、その中に完全に迷宮に入ってしまいます。
この文書の推薦文の中で、ラツィンガー枢機卿は、前世紀以降の教皇たちが絶えず主張して来た事柄と逆の事を言い得る可能性についての考えを表明しています。
枢機卿は言います。「この文書は、恐らく今回初めて次にように明らかに断定する(確かにその通りだと思います)。つまり、問題それ自体についての決定的発言とはなり得ないが、この問題に対する実質的停止地であり(抜け目ない言い方ですよ!)、何よりも司牧的賢明さの表現、一種の暫定措置でしかない、教導権による幾つかの判断が存在する、と」(聖座の公式の決定的判断が、今では暫定措置となっています!)。「その中核はそのまま留まるが、時代の情勢が影響を及ぼした、それが持つ個別の観点は、後世の修正を必要としうる。このことについては、前世紀の教皇たちの宣言、つまり、信教の自由に関する諸々の宣言(よく聞いて下さい!)、また、前世紀初頭の反近代主義(こんなことまで言います!)を指摘することが可能だ。特に、同時代に出された聖書委員会の判断が挙げられる」(これは、彼にとって理解が出来ないのです)。
枢機卿によれば、以上は、脇に捨てることが出来る、教導権がなした3つの判断です。暫定的な判断なのですから。これを変えることができるのです。このことについては、後世の修正を必要としうる前世紀の教皇たちの宣言を指摘することが可能だ。「諸々の反近代主義的判断は大いに役立ってはくれたにせよ、個々の限界内で、それが存在した時代に司牧的な奉仕をしたのに対して、現在これらの判断は時代遅れとなっている」(近代主義のページはめくられています。もう終わりだ、もう近代主義については話す必要がない、と)。
枢機卿が、第二バチカン公会議を反シラブスと言ったり、教皇による様々な判断を過去の教導権に対立させたりしていることに対して批判がありましたが、彼はその非難を次のように説明してすり抜けています。つまり「その中核はそのまま留まるが、時代の情勢が影響を及ぼした、それが持つ個別の観点は、後世の修正を必要としうる」と(しかし、中核とは何でしょうか?全く分かりません!)。こうやって、彼は上手く切り抜けています。信じられません。
クワンタ・クーラ や、パッシェンディ、そして一連の聖書委員会による判断などの否認を正当化するこの種の人々をどうして信頼して欲しいなどというのでしょうか。
私たちは、第二バチカン公会議前までの教皇たちや、その時代の大半の司教方と共に、私たちの主イエズス・キリストの君臨と霊魂たちの救いを目的とした、カトリック教会の、言い換えればクワンタ・クーラ やパッシェンディの継承者となるか、あるいは、カトリック教会とその教義の断絶という代償を払ってまでも、革命的世界政府において奉仕者たる地位を獲得する事を目的に、真の棄教に基づく人権の原理を認めようと努力している人々の継承者となるかのどちらかです。何故なら、これが基礎にある究極の問題だからです。
人権や信教の自由、民主主義、人間の平等に賛成すると大々的に主張するならば、彼らは世界政府において極めて良い地位を、革命的世界政府の奉仕者の地位を受けるでしょう。
私が皆さんにこれらの事をお話しするのは、私たちの戦いを、それに先立って起きた歴史的文脈に結び付ける必要があるように思えるからです。と言いますのは、多くの殉教者の血が流された、非常に耐え難く、とても骨の折れるこの戦いは、第二バチカン公会議と共に始まったわけではないからです。カトリック教会と国家の分離や、追い払われた修道士および修道女たち、さらにカトリック教会の全財産の没収などは、私たちのいるエコンのみならず、スイス全土やドイツ、究極のイタリアでも本物の迫害となりました。教皇に対して憎むべき厭わしいものが戦いを挑み、教皇領が占領され、そこから追放されバチカン内に追いやられたりしました。それでは、教皇たちの教えに逆らって、カトリック教会と私たちの主イエズス・キリストの権利を守るために、つまり霊魂たちを守るために、彼らが声を上げて下さった抗議に加わりもしないで、私たちはこの迫害者たち全員と一緒にいるというのでしょうか?
私が思うに、私たちは自分たちの力ではない基盤と力を持っています。厳密に言いますと、それは私たちの戦いではなく、カトリック教会により継続されている私たちの主イエズス・キリストの戦いなのです。私たちには躊躇する事が許されません。つまりカトリック教会と共にいるか、カトリック教会に逆らうかという事つまり「公会議の教会」に賛成するか、反対するかのどちらかです。「公会議の教会」は、カトリック教会とは関係が無いか、あるいは、カトリック教会とはますます少なくなる関係を有しています。
以前、教皇様が人権についてお話しされた時、教皇は人間の義務についてしばしば触れることから始めました。現在そういう事はありません。全ては人間のためであり、全ては人間によると言っています。
皆さんを強めるために、そして善き天主の聖寵をもってこの戦いを続けるという自覚を持つために、いくつかの考察を差し上げたいと思います。
その理由は、もし善き天主が私たちと共にいなければ、私たちはもはや存在しないからです。司祭兄弟会が消滅してもおかしくない機会が少なくとも4回か5回ありました。そして天主のお陰によって、私たちは毎回存続させられたのです。取り分け、4司教聖別のために、司祭兄弟会は消滅するに違いないと人々は何回も私たちに予言しました! 不吉な予言者たち全員どころか、私たちの側近たちからさえこう言われました。「大司教様、司教聖別を絶対にしてはなりません。そんな事をすれば司祭兄弟会の終わりです」。
とんでもない、善き天主は御自分の戦いが終わる事しか御望みになっていないのです。それが全てなのです。
この戦いはその殉教者を獲得しました。それは革命の殉教者であって、19世紀と20世紀の全迫害期間に亘って精神的に殉教した全ての人々です。聖ピオ十世は、迫害される数多くの司教たちや、収用された女子修道院、国境の彼方へと追放された修道士たち、そしてその他多くの問題によりこの殉教を体験されました。ではこの殉教は全て無駄となってしまうのでしょうか?この犠牲者と殉教者たちを非難する事になる戦いは、役に立たない偽りの戦いとなるでしょう。それは考えられません。
私たちはこの流れにはまり込んでいるのですから、善き天主に感謝しましょう。私たちは迫害されています。それは明らかです。私たちは唯一破門された者であり、また唯一迫害されている者です。
それでは何が起こるのでしょうか?私には分かりません。エリアでしょうか?私は今朝この事を再び聖書で読みました。「エリアが地上に戻り、全てを元通りにするだろう」。Omnia restituet. どうか彼が直ぐ来てくれますように!
人間的に言えば、私は今のところ合意する可能性を見出しません。昨日私は「もしもローマが、御会の四司教を承認して、他の司教たちの裁治権から完全に免れるとしたら?」と言われました。
まず彼らがこの様な事柄を受け入れるとは考えられませんし、彼らにこの提案を聞かせてみるべきでしょう。この困難の核心とは、まさに聖伝主義者の一司教を私たちに与えるのがいやだ、という事です。
彼らとしては聖座の意に適うプロフィールを持つ司教しか望んでいません。『プロフィール』、皆さんにはこれが意味するものが分かります。彼らは、一名の聖伝主義者の司教を私たちに与える事となれば、私たちが聖伝主義の牙城を築き上げてしまう事を熟知しています。ただ彼らはそれを望んでいませんし、他に差し出す聖伝主義者の司教をもはや持ち合わせていないのです。
聖ペトロ会が、自分たちは我々と同種の議定書に署名したという時、それは本当ではありません。私たちの議定書は一名の聖伝主義者の司教とローマ委員会に送る2名の委員を想定していましたから。
一方、他の会の方ですが、彼らは<同種の議定書に署名したと言いながら>1名の司教も、またローマ委員会に送る委員たちももらっていません。結局、ローマはこれ<2つの要求>を議定書から削除しました。何があろうとローマはそれを望まなかったからです。
来る11月1日には司祭兄弟会の20周年記念を祝うでしょう。そしてこの司祭兄弟会こそが、信仰を守ってそれを保つために善き天主が御望みになるものであるカトリック教会の真理と、カトリック教会において救われ得るものとを象徴していると私は確信しました。この事はまた、総長様を取り巻き、説教をし、司祭職<叙階の秘跡>と堅振の聖寵を授けながら、信仰の保存者の必要な役割を果たしている司教たちにも聖寵となるでしょう。これはかけがえのない事柄であって、私たちはそれを絶対に必要としています。
以上の事全ては非常に慰めになりますので、私たちは善き天主に感謝する事と、何時か私たちの行っている事が認められるために、忍耐の内に働く事は可能だと私は思っています。ガニョン(Gagnon)枢機卿閣下の視察訪問は大した成果をもたらさなかったとはいえ、それでもこの訪問は私たちが存在する事や、司祭兄弟会を通して善が行われている事を証明したのです。彼らは明白に言おうと望まなかったにせよ、司祭兄弟会は信仰にとってかけがえのない霊的力を象徴していると認める事を余儀なくされています。この力に彼らは喜びを感じるでしょうし、そう願いますが、彼らが聖伝の信仰を再度見出す時、嬉しい事にそれを用いるでしょう。
聖なる童貞に祈りましょう。そして全ての国で私たちが赴く各々の巡礼地では、沢山の召命を頂くために司祭兄弟会を助けに来てくださるようファチマの聖母にお願いしましょう。私たちはもう少し召命を頂かなければなりません。私たちの神学校は、いっぱいではないですから。しかし天主の聖寵があれば、これは実現するだろうと私は考えています。ご拝聴いただきありがとうございました。幸福で聖なる死を迎えられるよう私は皆さんにお祈りをお願い致します。今の私にはこれ以外すべき事がないからです。
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