カナのワイン 13 キリストと教会の共通生活
13 キリストと教会の共通生活
何よりも、頭と体は共通の命を持ち、それぞれが他方の命にあずかっています。キリストは大いなる愛をもって、教会の生活、喜び、苦しみ、迫害、懸念、嘆願を共にされます。キリストは教会の望みをすべてかなえてくださるとまで約束されています。
「あなたたちが私の名によって願い求めることは、すべてかなえられる」【ヨハネ14:13】
夫たちにとっては、挑発的な衝動を与える考えです! 彼女が迫害されるとき、それは御自身のペルソナに対する迫害なのですから。
「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」【使徒行録9:4】。
彼女が幸せなら、彼も彼女とともに幸せです。
「喜ぶ人とともに喜び、泣く人とともに泣け」【ローマ12:15】。
彼は、彼女の目の涙をすべてご覧になり、「天主は、人の目の涙をすべてぬぐわれる」【黙示録21:4】。
何よりも、主は彼女の苦しみにあずかり、彼女の十字架を担ってくださるのです。
「実に、彼は私たちの労苦を背負い、私たちの苦しみを担った」【イザヤ53:4】。
主はご自分の教会の命にあずかるだけでなく、教会にもご自分の命の一部を与えられます。成聖の恩寵の状態において、教会は天主の本性にあずかります。教会の霊魂である聖霊において、教会は天主の御子の命を共にしています。信仰において、教会は花婿であるイエズス・キリストと同じ一つの思いであり、聖霊の賜物において、教会はキリストの思いと愛情に深く入り込み、希望において、教会はキリストの永遠にして計り知れない恩恵にすでにあずかり、愛徳において、教会は天主においてキリストと共にあり、キリストにおいて天主と共にあります。キリストが花嫁をご自身の天主の命にあずからせておられるとは、何と驚くべきことではないでしょうか。キリストは教会を、王妃としてご自分のそばに置かれたのです! これはなんと大いなる愛でしょうか!
キリストとともに、教会は、御父の栄光のために生きています。御父を賛美することこそ、主のすべてです。これはまた、教会の最大かつ最も深い関心事でもあります。だからこそ、教会は修道院や教会堂を建て、宣教に赴き、学校や神学校を建て、家庭を支え、豊かな分野の仕事で実に多くのことをしているのです!
主は、ご自身の聖心の最も深い神秘を、教会に与えてくださいます。
「しかし、私は父から聞いたことをみな知らせたから、あなたたちを友人と呼ぶ」【ヨハネ15:15】。
「あなたたちは、天の国の奥義を知る恵みを受けた」【マテオ13:11】。
主とともに、教会は秘跡において、特に告解において、天主の子らを聖化します。イエズスは、教会によって赦されない罪をお赦しにはなりません。だからこそ、イエズスの赦しが与えられるのは、教会にかかっているのです。
「聖霊を受けよ。あなたたちが罪を赦す人にはその罪が赦され、あなたたちが罪を赦さぬ人は赦されない」【ヨハネ20:23】。
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